刹那
キョウコは、自分自信の置かれた状況に理解できないでいた。
マホの自宅を訪れたのが昼前の、10時過ぎ。遅くとも12時頃には、確実にこの部屋でマホのパソコンを開いた記憶がある。時計が狂っていた可能性もあるが、どんなに狂っていようと自分の時間感覚にすっぽり5時間の記憶の欠落があるのは間違いなく、おかしい。
(おかしいとして・・・)
キョウコは思う。
(どうかしているのかしら、私・・・?・・・それとも・・・)
得体の知れない恐怖感が湧き上がってきた。
居たたまれない気持ちになったキョウコは、挨拶もそこそこにマホの自宅を辞した。
キョウコは、駅に続く商店街をゆっくりと歩く。駅に着いたとしても電車に乗る気など全くなかった。自宅に一人で入るのは恐ろしい。けれど行く当てもなく、ただ人の流れに流されて歩く。
駅前のコーヒーショップで足が止まった。
朝から何も食べていないことに気づいてはいたが、食欲がわかなかった。
悩んだ挙句、エスプレッソラテとベーグルサンドを注文し、窓際のカウンター席を陣取った。
日が暮れ始めた窓の外に目をやりながら、一日のあまりにも短すぎる出来事を何度も思い返しては、頭を抱えた。
軽い頭痛がする。なくなった数時間の記憶をなんとかして呼び起こせないものだろうかと、記憶を辿っては、電源の落ちたマホのパソコンの記憶で行止まる。
日常ある、忘れ物を取りに戻ったはずなのに、肝心の忘れ物を忘れてしまう時ような、
(あれ、なんだっけ・・・なんだっけ・・・)
と、いつもならそう呪文のようにつぶやいて、ふとした瞬間に思い出すのだが・・・
どうもそんな軽い痴呆どころの問題ではないらしい。
キョウコは、あの数時間この地球上に存在していたという確証を持てないでいる。むしろ逆に、この世界が現実なのかさえ疑ってしまうほど、地に足がつかないフワフワした感覚でいる。
ガラス越しに自分の顔を見る。血色ない自分の顔がそこにあった。
(そうあの時も・・・)
頭の中からふと湧いてくる感情。一瞬何か思い出せそうな刹那。ゾワゾワと足元から悪寒が登ってきた。思い出したい反面、無意識に思い出したくない拒否反応のようにまた、頭痛と悪寒が襲ってきた。
(そう、誰かと、目があっって・・・)
急に、携帯の着信音が鳴り、キョウコは我に返る。
折りたたみ式の携帯。そういえばマホと一緒に買いに行った携帯だ。マホが買うのを見ていると、自分も欲しくなって、色違いで同じ機種を買ったのを思い出した。キョウコはパールホワイト、マホはピンク色。
携帯を開くと、着信が2件。それと驚いたことにメールが103件届いていた。