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  作者: mahiro
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登山

 まだ6月中ばだというのに、気温は昼過ぎから三十度を軽く振り切り、真夏日の酷暑が梅雨明け宣言を待たずに早くも顔を出して来た。

 同県内の熊谷市では過去最高の記録的猛暑日になる予報。

 伊沢村でもそれは同様だったが、山間の森林と御笠山から流れ出る伊沢川が自然の涼を運んでくる分、いくらかは初夏の陽気を楽しむ気になる。

 県道から外れ、一キロも走らせれば、ふもとの集落と田畑、それ以外は自然。そういう言葉以外、何もない。未開拓の、というより忘れさられた土地と言うほうがしっくりくるような世界。耳を塞げば、時間が止まった世界に写る。

 

 車はいよいよ舗装されていない道になり、ややもすると、一台分の轍が森の中へ向かい緩やかにうねうねと這っている。

 対向車がくれば立ち往生するような細い凸凹道を、軽ワゴン車は車体をひっくり返りそうなほど上下させ、土砂や草村をかきわけるかのように突き進む。


『目的地周辺です』

 急にカーナビが電子音と共に機械的なアナウンスがなる。

 キョウコが設定した目的地。だが本当の目的地ではない。一番最寄の目的地。ナビがそこまでしか受付ないのだ。住所登録されていない地域なのだから仕方ない。

 画面上では道はとうに存在してない。

 ゆっくりと徐行しつつ、周囲を見回すと、脇に獣道のような山道があるが、両脇に杭がうたれ錆ついた鎖が張られている。鎖の中央に立入禁止の札が付けられている様だが、腐食がひどく、文字は読み取れない。その先は昼間なのに薄暗く、樹海が口を開けているように見える。

 しばらく進んだ所で轍は自然消滅して、少し開けた場所に出た。軽ならなんとか切替して元来た道に引き返せそうだ。

 キョウコは車をUタ−ンさせ、停車。エンジンはかけたまま、コピーした地図を広げ、ペンで来た道を書き加え、現在地と思わるヶ所にバツ印をした。

(こっちからもここまでか・・・)

 リュックからコンパスを取出し、ナビ画面のタッチパネルで現在地のGPS座標をだす、地図の余白にキョウコがメモした座標と見比べ、コンパスで方角を確かめる。

 地図に書かれた目的の座標には北西に約ニキロほど、徒歩でどんなに遅れても一時間足らずで辿り着けるはず・・・。

(迷わなければ。大丈夫。)

 そうキョウコは自分に言い聞かせ、携帯の時計を見る。まだ午後1時過ぎ、どんなに迷ったとしても日没迄には戻って来れる。

 もう一度携帯を見る。携帯のアンテナ表示は圏外。

 不安をかき消すように、エンジンを止め、ナビを台座から取り外し、バッテリ−パックと接続し、再起動させる。

 ナビのGPSは良好そうだ、バッテリ−はフル充電してあるから3、4時間はもつはずだ。リュックの中の装備品も充分過ぎるほど万全にして来ている。問題ない。

(はず・・・。・・・)

 ひとつだけ、問題があるとすれば、キョウコ自身が登山に関して全くの素人だということ。山中どのような危険が潜んでいるのか、全く予想がつかない。

 しかも登山者用コ−スのようなものはない山中で未開のルートを自分自身で切り開いて進むしかないのだ。

 キョウコは車から降りて施錠し、ナビは電力の消耗を抑えるため電源を切り、コンパスと蛍光スプレー缶を取出し、獣道の入口へ歩く。


 入口すぐ脇の木に蛍光スプレーを吹き付け、どの角度からでも確認できるようにぐるっと一周マ−キングする。

 しばらく歩いて振り返りると蛍光カラーの黄色がまだよく見える。あと三十歩ほど歩いたら二本目の木にマ−キングしようと決め、コンパスで方位を確認しながら歩みを進めた。

 行手は茂みと木々でまともに歩かせてはくれなさそうな上、急な傾斜や谷が待ち構えているように思えてならなかった。

 とにかく少しでも前に進もう。

 もうキョウコの頭の中には、目的地に辿り着く事以外の考えはなかった。

 今更『一体自分は何をやっているんだろう?』という自問自答はとっくにやり尽くしていた。これ以上不安や恐れから逃げたとしても。逃げきる事などできないとキョウコは悟ったのだ。

 

 

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