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羊の三題噺。

【三題噺】雨ときどき飴。まれに虹。

作者: シュレディンガーの羊
掲載日:2011/08/02

 

窓の外。

まだ雨が降っている。


「雨、嫌い」


呟いた声を掻き消すように、雨音が激しくなった。




今日の朝も雨が降っていて、水溜まりに携帯を落っことした。

あいにくの所、私の携帯は防水ではない。


「……あ」


私の携帯は水没した。

死因、水死。

でも、一応修理に出してみたら、来週には直るらしい。

修正、水死未遂。

こんなことなら、傘を片手に携帯をいじりながら、走らなければよかった。

家路を辿りながら、小さく息をつく。

地面を叩く滴が靴下にはねた。

雨は憂鬱な気分になるから、嫌い。


「お姉さん、飴買わない?」


突然、声が掛けられた。

落ち着きのある、けれど子供らしさの残る声。

声の主は左手にある、こじんまりとした駄菓子屋の中だった。

あどけなさの残る少年がこちらを見ている。


「飴?それとも雨?」

「そりゃあ、飴だよ。飴玉」


雨音が煩く聞き返せば、けらけらと笑われた。

でも、不思議と不快な気持ちにはならない。

綺麗な声のせいだろうか。

気づけば、立ち止まっていた。


「いくら?」

「10個で100円」

「バラ売りはしてないの?」

「その方が高級っぽいから」


ほら、これだよ――――瓶いっぱいに詰められた飴玉は、透明で綺麗で、


「買う」


迷いは特になかった。

綺麗でそれなりに美味しそうだと思っただけ。


「まいどあり」


無邪気に笑う彼の手に100円をのせ、代わりに飴を袋に10個貰う。

すぐに、その一つを口にほうり込む。

ほのかな甘さと、ほんの少しのしょっぱさ。


「美味しい。こんなの初めて食べた」


正直に感嘆する。

彼はちょっと照れたように、はにかむ。


「何で、出来てるの?」


尋ねれば、少年は悪戯っぽく答えた。


「この飴玉は雨で出来てるんだ」


それが、雨が降っていた6月の終わり。




私は次の日も、その次の日も、飴玉を買いに駄菓子屋に寄って帰った。


「また、来たの?」

「私はお客。しかも、常連。他に言うことないわけ」


呆れ半分、驚き半分の彼に唇を尖らせる。

相変わらず、雨降りの日々。


「今年の梅雨明けは来週だって」


そういえばと、話題を振れば彼は肩を竦めた。

前髪で瞳が見えなくなる。


「雨が降らないなら、この飴は出来ないな」

「また、そんな冗談言ってるし」

「だって、本当のことだよ。梅雨が明けたら飴は売れない」

「梅雨明けても、買いに来るよ」


始めは雨続きの日常の、暇つぶしで気まぐれだった。

でも、今はそうでもないよ。

あんたと話すの楽しいよ。

この飴玉、美味しいよ。

そう言おうとした。

――――言えなかった。

少年相手に、女子高生がそんなことを訴えるなんて、恥ずかしいと思った。

くるりと傘を回す。

水滴が飛ぶ。

私は言葉を、食べかけの飴玉と一緒に飲み込んだ。

黙った私に、彼は笑いかける。


「ありがと」


無理矢理笑う彼の笑顔。

雨雲と不釣り合いな彼の笑顔。

自分がひどく惨めで小さい人間に思えた。




夢を見た。

飴が降る夢。

綺麗で甘くて、現実離れした世界の夢。

私は傘を放り出し、飴の降る中、一人で踊るのだ。

嬉しくて、楽しくて。

けれど、飴は次第に強くなり、私は沢山の飴に叩かれ、目を覚ました。

窓の外はやっぱり雨が降っていた。




明日から梅雨明けだと、お天気お姉さんが言った。

確かに窓の外の雨雲は、昨日より薄くなっていた。

静かな雨が世界を包むのも、今日で最後だ。

携帯が修理から返ってきて、私は駄菓子屋に向かう。

この傘も梅雨が明ければ、もう当分は使わないな、と少し淋しい。


「今日で閉店なんだ」


駄菓子屋に着けば、そのシャッターは閉め切られたまま。

そして、彼が傘をさして私を待っていた。


「だから、もう飴は売れない」

「そう」

「もうこの駄菓子屋は潰れる」


くしゃりと歪められた表情。

泣くかと思った。

でも、彼は泣かなかった。


「だから、今日でさよなら」


そう言って、手渡されたのは瓶。

私がこの1週間買い続けた飴玉。


「常連さんに最初で最後の出血大サービス」


無理に笑った顔を、雫がひとつ滑っていく。

零れ落ちた雫は、雨のつくる波紋に紛れた。

そして彼は言った。最高の笑顔で言った。


「ありがとう」


彼は踵を返すと、走り去る。

その背中に声さえかけれずに、私は立ち尽くした。




この駄菓子屋は孫と2人暮らしのおばあちゃんがやっていた。

商店街の噂で聞いた。

おばあちゃんは2週間前に亡くなったらしい。

病気ではなく、寿命だったそうだ。

彼は多分、彼女の孫で、彼女の店を守りたくて。

それでも、彼は一人で生きていくことなんて出来るわけなくて。

あの飴玉は、彼女にとって彼にとって、何であったのかは分からない。

ただ、大切な思い出の詰まったものだったのだと思う。

無意識に瓶を抱きしめる。

彼はこの街から出ていく。

この瓶を私にくれて。




次第に雨音は小さくなり、雨が止んだ。

くるりと傘を回して、水滴を飛ばす。

傘をたたむ。

晴れた空に架かるのは、虹。

私はポケットから直りたての携帯を取り出す。


「雨ときどき飴。まれに虹」


独り言を呟いて、私は携帯のシャッターをきった。

綺麗な電子音で、携帯の中の世界が停止する。

虹の写真を壁紙登録して、飴玉の瓶を抱きしめて、私は傘を片手に歩き出す。

もうきっと、窓の外で雨が降っていても、ため息をついたりしない。

彼と飴玉と虹を思い出すから。

彼がいつかこの街に帰って来たら、言いたいことがあるんだ。

晴れた空に、架かった虹に、笑う。


「君のおかげで、雨が好きになったよ」と。



三題噺として書きました。

携帯、飴、窓。(第二弾)

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