~19~
翌日麗加は通常通り登校する。
念のため豪が付き添って一緒に歩いていた。
「ごめんね、歩くのタルイでしょ?」
「別に…」
やっぱり不機嫌そうに豪は答える。
しばらく歩きながら沈黙が続いた。
麗加は思い切って切り出してみる。
「昨日…帰る途中から記憶がないんだけど、皆はどうしてた?」
「心配していた。そういえば…一番動揺していたのは邦鷹だったな」
勇也と聞いて麗加は少し反応する。
「邦鷹君?」
「あぁ、お前が倒れた時に一番側にいたからな。目の前で人が倒れたら驚くだろう」
あの時目の前にいたのは確かに勇也だったのは麗加も覚えている。
「接近しすぎて本気でフリーズするとはな」
豪が少し鼻で笑う。
不意に麗加の足が止まった。
豪はそれに気づくと足を止め振り返る。
「気に障ったのか?悪かったよ」
「違うの。あの時私…邦鷹君に呼び止められて、会話をしたの」
「……そうか」
単に自分が一人で興奮したわけではないとわざわざ説明をしているのか?と豪は思うが、そう言いたいわけでもないような様子に疑問を抱く。
「でも、その時に何を言われたのかが思い出せないの。記憶がなくて…。覚えてるのは「凄く嬉しい」気持ちと「凄く不安」な気持ちだけ。どうして正反対の気持ちがあったのか、どうして不安に思うのかが分からない」
豪は麗加が何を言っているのか理解が出来なかった。
「私は邦鷹君を好きなんでしょ?なら嬉しい気持ちで一杯なハズ……なのに」
豪は少しめんどくさそうな顔をして一つため息をつく。
「不安のない恋愛なんかない。それは自然な感情だ。気にすることはない」
「……そう?」
解決が見えない様子の麗加。
「何を話したのか気になるのなら聞いてやってもいいが?」
「うんん…大丈夫」
「そうか」
二人は再び歩き出した。
一時間目の授業は体育で、男女は分かれていた。
女子側ではバレーが行われたが麗加は見学していた。
出番待ちの千風、美兎が麗加の元で一緒に待機している。
「昨日はびっくりしちゃったよ~~、無理させてごめんね麗加」
千風が心配そうに言う。
「大丈夫!迷惑かけてごめんね?」
ニコッと微笑む麗加の様子に一安心する千風と美兎。
「しっかしウケたね~~!まさかの鼻毛発言は!」
千風は思い出して思わず吹き出す。
「鼻毛じゃないもん!!ほんっとアイツ有り得ないんだから!!」
美兎はほっぺたをぷーっと膨らませてまだ怒っていた。
「告白じゃなくてガッカリしたぁ?」
千風はさらに美兎を煽る。
「す…するわけないじゃん!!あんな奴相手じゃ全っ然っ嬉しくないし!!!」
「いや~~でも東海林は美兎にホレてるよ!絶対!」
自信満々に千風が答えた。
「や…やめてよ!!」
美兎は急に頬を真っ赤に染める。
「あっれれ~~?赤くなった!」
「なってないもん!!」
そんな二人のやり取りを麗加はじっと見ていた。
少し考えて口を開く。
「ねぇ、好かれると「嬉しい」の?それとも「嫌」なの?」
突然の麗加の質問に二人は停止した。
「自分が好きだと思ってる人に好かれるのは、「嬉しい」?「嫌」?」
「そりゃぁ、嬉しいよね」
答えたのは千風だ。
「もし、私が丹波君に好きだって言われたらすっごく嬉しい!!でも…それはないと思うけどね」
千風は少し寂しそうな顔をした。
それにはそうだったら嬉しい…けどそれはないと言う否定の気持ちがある。
「美兎は?」
「えっ!!う、うん…嬉しいけど……恥ずかしい」
美兎にも複数の気持ちがある。
皆「嬉しい」だけじゃない気持ちが同時にあるようだ。
「なになに?麗加どうしたの?」
麗加の質問の意図に興味を示す千風。
「私には…「嬉しい」気持ちと「不安」な気持ちがあった。どうして嬉しいはずなのに不安に思うのかが分からなくて…」
千風と美兎は顔を見合わせてキョトンとした。
そして笑い出す。
「やだ麗加…何哲学的に考えちゃってるのさ!!」
「も~!これだから真面目ちゃんは!!乙女心は複雑なのだよ!」
麗加を囲んでキャッキャとはしゃぐ二人。
「ついに煩っちゃったの?恋煩っちゃったの?大好きなんだね邦鷹の事!」
この心理状況をまるで当たり前のように理解しているかのように振る舞う二人に逆に麗加がキョトンとしていた。
「昨日、二人の時何かあったのか?」
一方男子側ではバスケットが行われていた。
こちらも待機中の勇也に豪が問いかける。
「え!?」
あの時の事を問われ勇也はまた動揺した。
「いや…別に…」
「まぁ、目の前で突然倒れられたら驚くよな」
黙り込む勇也の様子に豪が自身に呆れるようにため息を一つついた。
「すまん。どうやら今日は人の気に障る事を言うのが得意なようだ」
「…違うんだ。多分……暮内が倒れたのは、俺のせいだ」
思わぬ発言に豪は勇也に目を向ける。
「あ、いや、何かしたって訳じゃないんだけど……」
「あいつは「会話」をしたと言っていたが?」
言いにくそうにしている勇也に豪が問う。
「あぁ、まぁ……。暮内、何か言ってた?」
豪は視線を勇也から反らす。
「「記憶がない」だそうだ」
勇也は少しショックを受けたような様子を見せた。
「そか…」
「何か大事なことでも話したのか?」
麗加の様子といい、勇也の様子といいただの「会話」ではなかったことが伺える。
「俺にとってはね…」
そう答える勇也はなんだか照れくさそうにも見えるが、悲しそうでもあった。
豪はこの時ようやく麗加が悩んでいた理由が理解できた。
具体的な単語はあえて聞き出さないまま唐突に問う。
「なぁ、もし…自分の惚れた女が体に障害を持っていたら……気が変わるか?」
「え?」
突然の質問に勇也は戸惑う。
勇也は少し考えた様子だが、きっと想像してみたのだろう。
そしてはっきりと答えた。
「変わらないな!」
その答えに豪はフッと笑う。
「邦鷹ならそう言うと思った」
豪は安堵した。