~18~
日も暮れ始め、メンバーは帰路の方向に進む。
駅に向かいながら先頭を切るのは美兎。
まだ怒っている美兎の後ろを星夜がご機嫌を取りながら着いて行く。
それを面白がって見ている千風が続き、距離を置かずに豪、勇也、麗加が並んでいた。
他のメンバーに気づかれないよう少しずつ足を遅めた勇也は一番後ろに回ると、角にさしかかる所でふいに麗加を呼び止めた。
「暮内!」
呼ばれた麗加は立ち止まり振り返った。
丁度角の手前で止まった二人には他のメンバーの姿は見えなくなった。
勇也に呼び止められ、びっくりした表情を見せる麗加。
そして恥ずかしそうにうつむく。
二人の間に一瞬沈黙が走り、勇也も少し焦りを見せた。
「あ、いや……ごめん」
「ううん、どうしたの?……まさか!!私も鼻の下に……!!!?」
慌てる麗加に思わず笑い出す勇也。
「あっはは、違うよ」
二人は笑った。
勇也は麗加の目の前に歩み寄る。
「もうすっかり良いんだね、本当に安心した」
その勇也の表情は本当に安堵に満ちている。
「うん、ありがとう。邦鷹君も足すっかり良いみたいだね」
「あぁ……お陰様で!」
勇也は以前大怪我をした足に目をやり、軽くトントンと足踏みをしてみせる。
その勇也の姿に麗加は笑みを浮かべる。
「良かった」
その一言に、麗加が命を懸けた事など勇也は知る由もない。
だがその勇也の心には1つの確信が芽生えていた事もまた、この時まだ麗加は知る由もなかった。
意を決したかのように勇也は口を開いた。
「今日は、一緒にいられてすっげ楽しかった。暮内が元気になってまた会えて嬉しかった」
頬を赤く染め、緊張した面持ちで麗加に語りかける。
麗加はじっと勇也の目を見つめて聞いている。
頭をかき、照れくさそうにした勇也に麗加も微笑みかけた。
気を取り直し、勇也は続ける。
「俺にとって、大事な存在だって……そう思ってる。つまり、その……俺、暮内の事……好きだ」
「え…?」
思っても見ない言葉が勇也から飛んできた。
「好き」は自分にもある感情だ。
自分が「好き」だと思う相手から同じ言葉を受けた。
「嬉しい」「嘘」「あり得ない」「泣く」「本当」色々な感情が麗加の全身を駆け巡る。
だが一番は「同じ」と言う感情だ。
麗加は笑顔を向け、「私もす……!!」そう言いかけたその時。
ドサッ!!
「え……?」
勇也の笑顔は一瞬にして凍りつく。
目の前にはさっきまで自分に笑顔を向けていた麗加が倒れていた。
「く……暮内っ!!!!」
勇也の叫ぶような声にようやく二人が足を止めていたことに気づいた他のメンバーが慌てて引き返してきた。
「どうしたの!?」
千風が問いながら駆け寄って来た。
その光景を目にした豪は何か異常が出たのかと焦る。
「どうした!?何が起きた!!?」
豪は勇也に問いただすように詰め寄った。
「ごめん…分からない。突然倒れて……俺」
混乱する勇也をなだめると、豪は仁の元へ連絡を入れた。
「迎えを呼んだ。心配ない。疲れが出たんだろう」
豪がその場にいるメンバーに伝えた。
「大丈夫なの…?」
心配するメンバーだが、下手に麗加に近づけて何かを悟られても困ると豪は麗加を抱きかかえた。
複雑そうな顔をしたのは千風と勇也だった。
「今日は楽しかったよ。ありがとな」
豪は皆にそう告げた。
「じゃぁ気を付けてね!」
「また明日」
トレインも来る時間が迫ってきたので一同は解散した。
すぐに仁が迎えに来たので豪も麗加を抱えて車に乗り込んだ。
トレインの中、勇也は自分の言動のせいではないかと不安を抱えてしまっていた。
研究所に戻ると、麗加は検査をされる。
賢がコンピュータで原因を調べた。
「うーん、ただのフリーズのようだね。時間は17時23分18秒…」
この時間に覚えがあるかと尋ねるように豪の方へ振り返る。
「丁度駅へ向かっている途中だった」
豪が答えると、賢は再び画面をにらみながらキーを叩きだす。
「原因は…、感情データが複数一気に検出された事のようだけど、途中からデータが一切残ってないな。この時何かあった?」
「さぁ…、気づいた時には倒れていたからな」
しばらくデータを参照した賢は画面から目を離した。
「とりあえず故障はしてないようだから再起動すれば正常に戻るだろう。おそらく心理的な何かで感情の高ぶりとその検出が追いつかなかった事が原因だと思う」
「心理的な?」
豪はその時の状況を思い出す。
勇也の声に気づいて現場に戻ったのは勇也と麗加以外の4人だった。
あの時、一瞬でも勇也と麗加は2人になった。
その時の感情の高ぶりが影響したのだろうと解釈した。
「会話のデータは残ってないから具体的な内容は分からない。再起するとフリーズ前後の記憶が失われるけど…」
惚れた男が近くにいた事で緊張が高まっての事だろうと豪は思い、「まぁ、大した問題ではないだろう」と軽視した。
その場にいる誰もが知らなかった。
この空白を失う事が彼女の運命をまた一歩変えてしまう事になるとは。
賢は再起動する為のキーを押した。
キュゥウウゥウゥゥン!!
麗加はゆっくりと目を開く。
「おかえり」
仁がやさしく声をかけた。
目の前には仁、賢、豪が麗加に目を向けている。
「あれ…?わた…し……」
目の前の光景が変わっていることに驚きを見せた。
「疲れたようだな。倒れたのを覚えているか?」
麗加は複雑そうな顔をして考えているがやはり記憶はなく首を横に振った。
「今日はゆっくり休むと良い」
「うん…おやすみなさい」
麗加は自室に戻っていった。
残った仁、豪はしばしの沈黙の後静かに口を開く。
「他の生徒には?」
「大丈夫だ。バレていない」
「そうか…しかし、彼女は不安定な状態が続いている。油断は出来ないな」
仁の問いに豪が答え会話する中、賢は沈黙を貫いていた。
自室へ戻った麗加は記憶を辿っていた。
今日一日大好きな友達と、大好きな勇也と楽しい時間を過ごした。
帰路の中、麗加を呼び止める勇也の声。
振り向くと勇也が自分に視線を向けている。
その辺りから自身には異変が起こり始めていた。
嬉しい気持ちと、不安な気持ちが入り乱れる。
勇也が言葉をかけてくれているが、倒れた衝撃のせいか上手く記憶されていない。
そして記憶は途切れた。
唯一覚えているのは「凄く嬉しい」感情と「凄く不安」な感情。
なぜ正反対の感情が同時に芽生えたのか、麗加には理解が出来なかった。
「心」があった時ならこれはどういう心理状態だったのだろうか…。
勇也に対する気持ちが、今の麗加には上手く表せないのだった。