~08~
パタン!
隣の部屋のドアの閉まる音がした。
その音でC-M2X型はフッと目を覚ます。
とは言っても体制はベッドに座ったままで、またもその仕草は静止中から復帰したコンピュータのように。
C-M2X型は一睡もすることなく自分の中の情報をずっと処理していた。
いつしか夜は明けており、白く眩しい日差しが差し込んでいる。
C-M2X型は立ち上がり部屋のドアを開け廊下に出た。
見るとそこには豪が制服を着て歩いていく後姿があった。
学校へ行くのだろう。
「豪・・・」
C-M2X型は声をかけた。
その声に気づいた豪が立ち止まり振り返る。
どうした?と言わんばかりの視線をC-M2X型に向けた。
「いってらっしゃい」
そこに立つC-M2X型がそう言って豪を見送る。
人が出かけるときにかける言葉も知っていた。
それをわざわざ行動に移している。
豪から見ると、いや、誰が見てもそこに立っているのは麗加にしか見えない。
しかし、それもC-M2X型が「人間」を意識しているからこその結果である。
豪は成長を目の当たりにし一瞬笑みを見せた。
「あぁ、行ってくる」
クールに豪が答え、再び歩き出した。
C-M2X型はその足で仁らの元へと向かう。
部屋に入るとそこには書類をまとめている真純がいる。
「おはよう、早いのね」
C-M2X型の姿に気づいた真純が声をかける。
真純の元へ歩み寄ったC-M2X型は「おはよう」と声をかけた。
仁と賢の姿がまだそこにはなかった為、C-M2X型は見渡している。
「先生達ならまだよ?」
真純にそう言われたC-M2X型は再び真純に視線を戻した。
「どうかしたの?」
C-M2X型の様子が気になり真純が尋ねる。
「真純さんには分かる?私にはどうしても分からない。どう処理して良いか分からない。これは何?」
C-M2X型の言うことが良く理解できない真純は詳しく聞く。
C-M2X型は一晩中麗加の持つ様々な情報を整理していた。
情報は大方まとまったのだが、どうしても勇也に対する情報だけが解読できなかった。
「恋愛感情」だ。
他の人間に対しては無い、勇也だけに対する特別な感情。
故に基本的なプログラムでは処理が出来ず固まっていたのだ。
「これは「心」がないと分からないもの。豪がそう言っていた。私には「心」がない。「心」とは何?」
そう言うC-M2X型の姿に真純はC-M2X型が完成し、起動した日の事を思い出した。
表情を持たず、機械的に言葉を発するC-M2X型に感情が無いと感じたあの日の姿。
それがほんの数日でここまで成長している。
「心とは何か」それを想う時点で「心」の芽生えであると真純は感じた。
真純は優しい笑みを浮かべる。
「一言で「心」とは何かを説明するのは難しいことね。「心」と言う物はとても抽象的で目には見えないもの。私達人間にすらその実態は分からないの。哲学的な説明をするより、貴女自身が感じるものがあると思う。それが「心」よ」
C-M2X型は少し考えている。
「感じるもの・・・」
「今貴女は「心」が分からなくてどんな気持ち?」
そう言われるとC-M2X型は再び考える。
「気持ち」と言われてもそれをどう処理すればいいのかを悩む。
少ししてC-M2X型が結論を出す。
「「暮内麗加」の情報には「心が分からない」と言う気持ちの情報がない」
あくまでC-M2X型は麗加の情報しか持たない為、情報に頼るしかない。
真純は質問を少し変えてみる。
「じゃぁ、その情報から想像してみて。もうすぐ貴女は復学して友達に会える。どんな気持ちがある?」
C-M2X型は情報を検索する。
「嬉しい・・・楽しみ・・・早く皆に会いたい・・・」
ヒットした情報を一つ一つ言葉にする。
「そうね。それはね、大きく分けて「喜怒哀楽」というものの「喜」の感情なの。「喜」を感じると人は笑顔になって、ワクワクしたりするでしょ?」
C-M2X型はキョトンとした目で真純を見ている。
「分からないのよね・・・ごめんなさい」
真純が少し不安そうな表情をして謝った。