~31~
そんな昨夜のことを少し思い出し豪は黙り込んでしまった。
賢は豪の様子を静かに見ていた。
豪は我に返り再び口を開いた。
「レッドタウンの研究所にも行ってみた。だがやはり何も残っていなかった」
その一言だけを賢に伝えた。
「そうか・・・ありがとう」
その時病室の戸をノックする音がした。
コンコン・・・
「失礼するよ」
入ってきたのは仁だった。
「おかえり、豪」
「あぁ」
賢はノートパソコンの電源を立ち上げキーを素早くはじき出し始めた。
「データがあったのか」
仁が問う。
「データは単体で使えないようにそれぞれ分散して保存がしてある。だからそれをまとめる必要があるんだ」
賢が画面に視線を向けたまま答えた。
暫くパソコンを操作していた賢の手が止まった。
「駄目だ・・・一台だけではとても容量が足りない・・・」
画面にはメモリー不足のエラーが出ていた。
ノートパソコンにA-D2Xのデータをまとめることはとても出来そうにない。
「うちにあるものを集めれば出来そうか?」
仁は院内のパソコンを提供しようとしていた。
「プログラムを組み直さなければならなくなるけど、出来るなら集めて欲しい」
賢が答えた。
「あと、研究所のシステムはまだ稼動した?」
豪に問う。
「街には電気は通っていなかったが、稼動した」
「そうか、ハードが使えれば何とかなりそうだ。悪い豪、もう一度研究所に行ってメインハードを運んで来て欲しい」
賢は接続部分などを説明し、運び込む部分を指示した。
「よし、それなら俺が車を出そう」
「ありがとう兄さん。僕はデータを参照して準備を進めておくよ。よろしく頼みます」
「分かった。だが賢、無理はするな。お前の体はまだ万全な状態じゃないんだからな」
仁は賢にそう言うと病室を出た。
豪と共に廊下を歩いていると助手の真純が慌ててかけて来た。
「仁先生!!!」
「どうした!?」
真純の様子から急患が出たと悟る。
「邦鷹さんが、突然痛みを訴え暴れだしてしまって・・・」
「それで!?」
「今痛み止めと鎮静剤を投与して落ち着いたんですが、どうしても先生に聞きたい事があると・・・」
仁は真純に状況を聞き、勇也を優先することにした。
「悪い豪、少し時間をくれ」
「あぁ・・」
豪に断りを得て仁は勇也のもとへ駆けつけた。
病室に入ると勇也は落ち着いて横になっていた。
視線はボーっと天井に向けたまま、表情も変えずに時折瞬きだけをしている。
そっとベッドに近づくと勇也は静かに口を開いた。
「先生・・・」
仁は黙って勇也の声に耳を傾けていた。
「俺・・・手術したら、もう・・・無理なんだよな」
勇也は今まで築きあげてきたものを全て失いかけており、奈落の底に落ちてしまったかのように絶望している。
「なるべく最良の方法を検討します。まだ・・・諦めるのは、早いよ」
仁が言葉を選んでいるのが分かり、勇也は唇をかみしめている。
「自分にとって大切なもの、信じてたものを失うかもしれない、気持ちは分かるつもりです」
一見気休めの言葉のようだったが、仁はその言葉に何かを込めている様なそんな表情をしている。
しかし今の勇也にはそこまで悟る余裕はなかった。
弱った自分を隠すかのように顔を更に背けた。
「俺・・・怖いんだ。当たり前だった物がなくなる人生なんて・・・考えられねぇよ」
そう言う勇也の声は震えていた。
自分の未来を揺るがす出来事にかなり怯えている。
仁はそっと勇也の肩に触れた。
勇也は一度鼻をすすり言った。
「クソ・・かっこ悪すぎるや・・・せんせ・・暮内には・・・言わないでくれ・・・」
こんな自分を知られたくないと、勇也は仁に口止めをしていた。
声が弱くなったと思うと、麻酔が効いたせいで勇也は眠りについていた。
仁は掛け布団を正し、静かに病室を後にした。
廊下に出るとふと物思いに耽る。
遠い昔を思い出したような・・・どこか切なげな表情になっていた。
そんな仁を静かに見ている豪の姿があった。
豪に気がつくと仁は気持ちを切り替える。
「待たせたな。行こう」
二人はレッドタウンへと出発した。