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異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
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異世界で、二人乗り 第一部 第7話「揺らぎ」

夜は、森の中では早く落ちてくる。

拠点に戻り、焚き火の跡を起こしても、光は心許ない。

枝は乾いているはずなのに芯は湿っていて、火が育つまでに時間がかかる。

上杉は焦らない。焦らないことだけが、ここで持っている武器だった。

火が安定すると、ようやく体が「今夜は越えられる」と判断する。判断してくれないと眠れない。眠れないと、明日の判断が鈍る。

鈍れば死ぬ。死ぬ、という言葉が、ここでは比喩ではなくなる。


上杉は焚き火の前に座り、背中を木に預けた。昼の間に拾った果実を二つ、手元に置いてある。りんごくらいの大きさで、甘酸っぱい。小川の水は鍋で沸かし、冷まして飲む。

最低限の生活は成立する。成立するからといって安心はしない。安心のせいで死ぬことがある。


風が抜けた。昼より冷える。上杉はスーツの襟を立てた。布は薄い。都会の冷えならこれで十分だったが、森の冷えは質が違う。

湿り気がある。肌に貼りついて、熱だけを奪う。夜露が降りる前に体を休めたい。そのためには、体温を保つ必要がある。

上杉は腕を組み、少し震えた。震えたことが腹立たしい。腹立たしいが、怒っても暖かくならない。

上杉はいつもの癖で「必要なもの」を頭の中に並べた。

毛布。寝袋でもいい。だがそんなものはない。


――ない、はずだ。


上杉は、自分の思考が変な方向へ滑りそうになるのを感じた。昨日から、ずっと続いている感覚だ。「ない」と思った瞬間に、「ある気がする」という感覚が割り込んでくる。

理屈ではなく、先に身体がそう思ってしまう。

上杉は一度、その感覚を切った。疲労と飢えが見せる都合のいい幻想だ。そう片づけたい。片づけたいが、片づけられない。

 

昨日、オイルライターがあった。小鍋もあった。どちらも「入れた覚え」はない。だが「そこにあること」は否定できない。

上杉は焚き火を見つめ、息を吐いた。

自分がいま一番信用できるのは、感情ではなく手順だ。

手順。仮説を立てる。検証する。外れたら修正する。


上杉は立ち上がり、ジュリオのメットインの前にしゃがんだ。鍵は開いている。蓋が開く。暗い中に、四角い空間が口を開ける。


――毛布が、ある気がする。


そんな馬鹿な、と思いながら覗くと、毛布があった。

上杉は動きを止めた。現実を受け止める時間が必要だった。

毛布は、普通の毛布だった。柄も派手ではない。家庭にある、あの種類の毛布に見える。

新品ではない。洗濯したような匂いがする。どこかで使われていたような柔らかさがある。

上杉は毛布を引き出し、両手で広げた。重量。肌触り。毛羽立ち。どれも「本物」だ。夢なら質感が薄い。だがこれは薄くない。

 

喉の奥が乾く。怖いのは、異世界という言葉ではない。自分の思考が現実を撫でて形を変えている可能性だ。

上杉は毛布を肩にかけた。暖かい。暖かいことが、むしろ怖い。怖いが、体は正直に楽になる。

楽になると、眠気が来る。眠気は必要だ。

上杉は毛布を抱えたまま、焚き火のそばに戻り、座り直した。そして、心の奥で仮説を言語化した。


――メットインの中身は、固定ではない。――必要だと思ったものが、出てくる。――出てくる、というより「最初から入っていたことになっている」のか。


上杉は自分の仮説の言い回しを選んだ。「出現する」と断言したくなかった。断言すると、次の段階に進む。自分の良くない部分が出る。自分が望んだものを、無制限に引き出せる。そういう話になる。そうなった途端、倫理が崩れる。

上杉は一瞬だけ、俗な考えを浮かべた。

札束。

現金。

いや、もっと直接的に価値のあるもの


――宝石

とか。


思い浮かべてしまったことに、嫌な汗が出た。上杉はすぐに打ち消した。今必要なのは金ではない。そもそもこの世界で金が通用するかもわからない。それ以前に、自分の欲望をそのまま現実に落とすのは、あまりにも危険だ。

危険、という言葉で止めるのも違う。上杉はもっと素直に思った。


これはチートだ。インチキだ。

こんなものが許されていいはずがない。

上杉は毛布の端を握り、火を見つめた。火は揺れるだけで、何も言わない。何も言わないから、こちらが勝手に解釈する。解釈することが、怖い。


上杉は毛布を体に巻き付け、そのまま横になった。眠る。今日は眠るしかない。眠りは浅かった。何度か目が覚め、そのたびに焚き火の残り火を確認し、メットインに他に何か便利なものが入っていないか確認しそうになって、やめた。

確認は癖になる。癖になれば、依存になる。

仮になんらかの結論が出て、その結論が絶望だった場合のリスクが大きい。


空が白み始めた頃、上杉は起き上がった。体は少し軽い。毛布のおかげだ。毛布のおかげで眠れた。眠れたことで判断が戻る。判断が戻ることが、恐ろしくもある。

上杉は鍋で水を沸かし、果実を食べた。甘酸っぱさが口の中に広がる。美味しい、と思う。思ってしまう。

上杉は自分が少しずつ「ここでの生活」に馴染み始めていることに気づき、視線を逸らした。馴染むのは危険だ。危険なのに、馴染む。人間は、そういうふうにできている。

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