異世界で、二人乗り 第一部 第6話「兆し」
それでも朝は来た。焚き火の残り火を見て、上杉は確かめる。昨日は夢ではなかった。火が残っている。鍋がある。ライターがある。そして、ジュリオがいる。ジュリオは相棒ではない。ただ、ここにいる。いることが、上杉にとっての現実だ。
上杉は立ち上がり、小川の水を汲み、また湯を沸かした。果実を一つ食べる。甘酸っぱさが、昨日と同じだ。
生き延びられる。少なくとも、今は。
上杉は森を見た。森の向こうに、何かがある気がする。だが「何か」を決めつけるのは、まだ早い。仮説を立てるには材料が足りない。
足りないなら、集める。集めるために、生きる。
上杉はそう決め、ジュリオのそばに戻った。メットインを開ける。オイルライターと鍋を見つめる。
不思議だ。不思議なのに、妙に納得している自分がいる。
上杉は、その納得を言語化しなかった。言語化した瞬間、別の何かが始まる気がしたからだ。
その日の午後、風が少しだけ変わった。森の葉が、同じ方向に揺れる。小川の水面が細かく震える。火を起こしていないのに、焚き火の跡から微かに熱が立つような錯覚がした。
上杉は立ち止まり、耳を澄ませた。音はない。気配だけがある。
誰かが見ている、という気配ではない。森そのものが、こちらを気にしているような――そんな、理屈にできない感覚。
上杉はそれを、危険とは断定しなかった。断定できる材料がない。だが無視もしなかった。
メットインを閉め、焚き火の跡に土をかける。いつでも動けるように。逃げるためではない。判断の余地を残すためだ。
上杉は空を見上げた。雲が薄く流れていく。
そして、森のどこかで――何かが、同じ瞬間に立ち止まった。
------▫️風の兆し▫️------
森は、普段通りに呼吸していた。葉が揺れ、草が擦れ、小さな生き物が足元を走る。いつもと同じ。いつもと同じだからこそ、わずかな違いが際立つ。
空気が、ひとつ分だけ重くなる。重くなるのに、怖くない。怖くないことが、少しだけ不吉だ。
森の奥で、彼女は立ち止まった。
理由はわからない。何かが起きた、としか言いようがない。音ではない。光でもない。それでも確かに、世界のどこかに“新しい点”が打たれた。
彼女は耳を澄ませた。目を閉じた。風の流れを、肌で読む。
――遠い。
遠いのに、近い。矛盾した距離感が、胸の奥に引っかかる。
彼女は、もう一度、森に問いかけた。森は答えない。ただ、風が一瞬だけ向きを変える。
その向きの先に、何かがある。彼女は確信した。確信したが、名前は付けない。名前を付けた瞬間に、世界が固まるからだ。
彼女は動き出した。足音は落ち葉に吸われ、森に溶ける。それでも風だけは、彼女の進む方向を覚えていた。
それは、彼女が感じ取った“気配”の始まりだった。
そしてその気配は――彼がこの世界に落ちた瞬間と、同じものだった。




