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異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
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異世界で、二人乗り 第二部 第5話 「方向」

森に残ったのは、黒い塊だった。

炭になったキングスクラッパーの体から、まだ薄い煙が立っている。

煙は湿った空気に溶け、見えなくなる。だが臭いだけは、離れない。


焦げた肉の匂い。

湿った腐葉土の匂い。

その二つが絡まったまま、肺の奥に沈んでいる。


タイラーは剣を下ろしたまま、指先を軽く握った。

痺れがある。

痛みじゃない。

冷えた時の痺れとも違う。


――削られてる。


そういう感覚だ。

新人冒険者のミレナの頭上に刃が落ちようとしていた。

間に合わない距離。

間に合わない時間。

そこから先は曖昧なのに、身体だけが覚えている。


空気が軋んだ。

バチバチと乾いた音。

光が浮いた。

そして ――倒れた。

倒れて、止まった。

森の音が戻ってくる。


「……オレは、なにをした?魔法を使ったのか?」

タイラーは疑問を言葉にした。


誰も答えない。

周囲には誰かの荒い呼吸。葉擦れ。遠い鳥の声。

レインドの声が、その静けさを切った。


「片づけるぞ!」

短い。


安堵や労いの声ではない。まだ仕事中の声だった。

ハルナスが盾を下ろし、腕を一度だけ振る。

痺れを飛ばす動き。頑丈な腕が、少しだけ重く見えた。


双剣の男は地面に座り込み、肩口を押さえたまま呼吸を整えている。

あおいの治癒術は終わっている。傷は心配するほどでもないのだろう。


あおいはルミナを握って、タイラーの横に戻ってきていた。


少し離れたところで、ミレナが膝をつき、カイルに手を当てている。

ロッドが微かに光り、血の匂いが少し薄まる。

ミレナの手はまだ震えている。

それでも、手は離さない。


ロアンは槍を地面に立て、肩口の布を押さえながら息を吐いた。

赤い染みは広がっているが、傷は既に塞がっている。


誰も死んでいない。

その事実だけで、胸の奥がほんの少し緩む。


レインドが周囲を見回し、必要な部位の回収を指示する。

声は必要最低限で、無駄がない。

全員がそれに従って動く。

森の中での仕事は、こういう速度だ。止まったら危ない。

次の脅威を引き寄せる。


タイラーは、炭になった個体を一度だけ見た。

黒く硬い“結果”。

(……なんなんだよ)

口には出さない。

出したら崩れる気がした。


「巣穴の捜索は、別の仕事だ。ここを片付けたら、町に戻る。」

レインドが言う。


今日はもう、戦いは無い。

タイラーは自分が安堵しているのに気づいた。



町へ戻る道は、朝より長く感じた。

戦いの熱が引いていく。引くほどに、身体の重さが表に出てくる。

脚が重い。筋肉痛じゃない。芯が抜けたようなだるさ。

息は整っているのに、深く吸うと胸の奥がひりつく。


これが“魔力が減る”というやつか。

どこかで聞いたような話が、いま自分の身体に起きている。


さっきの乾いた音が、まだ耳の裏に残っている。

炎でも風でも無い。自分が使ったのは、雷の魔法か何かなのだろう。

現にモンスターは感電したように痙攣して、倒れた。


考えながら歩いていると、カイルが横に並んだ。

歩幅を合わせているのが分かる。言葉を探している顔。


「……タイラーさん」

声がいつもより低い。


「俺、……ダメでした」

いきなり、そう来た。


悔しさを噛み潰すみたいな口調。目は前を向いたまま、拳だけが固い。

「キングのやつ。盾ごと……」


喉が鳴る。

「あれ、俺、何も――」

タイラーはすぐに否定しなかった。


否定すると、悔しさが行き場を失う。あれは、本人の中で大事な熱だ。


「……歯は立たなかったな」

タイラーは頷いた。


「上位種って、そういう相手だよ。オレもあそこまでとは思わなかった」

タイラーが言う。カイルが奥歯を噛む。


その顔を見て、タイラーは続ける。


「でもさ。カイル君達、スクラッパーは押し返しただろ」

カイルの眉が、わずかに動く。


「ロアン君が間合いを作って、ミレナさんが魔法で動きを止めて、カイル君が落とした。……形になってた」

事実を、淡々と並べる。褒め言葉じゃなく“報告”みたいに。


「オレが後方に下がった時、前は預けられた。あれ、十分に成果と言えないか?」


カイルの呼吸が、少しだけ整う。

「……あれ、通用してたんですか」

声が小さい。自信がないというより、“自分で認めるのが怖い”声だ。


「通用してた。ちゃんと役割を果たした。だから生きてる」


前を歩くロアンが、こちらを振り返らずに言った。

「……俺たち、結構やられたけど。スクラッパーも結構倒せたな」

硬い声。でも、どこか救われたみたいな響きがあった。


ミレナは何も言わない。

ただ、歩きながらロッドを握り直している。さっきより強く。


タイラーは、そこを見て思う。

(――十分だ)

“勝てた”じゃない。

“役割を果たす”。それがパーティー討伐で大切な事だ。


カイルは小さく頷いた。

頷けたのが、自分でも意外だったみたいに、目を伏せて息を吐く。


「……次、同じ状況が来たら」

カイルが言う。


「必ず来るよ」

タイラーは短く返した。


「だから、3人の今日の形、忘れないで。――結果を“残せた”って感覚だけ持って帰った方がいい」

カイルの肩が、ほんの少しだけ下がった。

背中の力が抜けたのが分かる。


その瞬間、タイラーの指先がまた、ぴり、と鳴った。

忘れかけた痺れが、身体の奥から浮き上がってくる。


(……新人達の成果は、確かにあった)

じゃあ――

(オレのは、なんだった?)

考え始めると、足が止まりそうになる。


あおいが少し、近づく。

そしてタイラーの袖を小さくつまむ。


「……」

言葉は無い。


歩幅を合わせる。

タイラーは深く息を吸った。あおいの気遣いが嬉しかった。


少し前で、レインドの声が飛ぶ。

「リューデンまでもう少しだ!列を崩すな。最後まで仕事だ!」

その声に、全員の足が揃う。

森の匂いを引きずったまま、町へ向かって歩く。



ギルドでの報告は、その日のうちに済ませた。

夕方、建物の灯りが点き始める頃。

内部はまだざわついていた。依頼板の前で立ち尽くす新人、受付で揉める男、武器を抱えたまま椅子に沈む者。

その中に、森の匂いを連れた一団が入っていくと、周囲の視線が集まる。


レインドは布包みを置き、短く言った。

「合同討伐、報告。スクラッパー群れ。上位五体を確認。討伐。残党は散ったが、森は危険度が上がってる」

受付が淡々と書き留める。

布包みを開き、証拠を確認する。確認は解体担当が行う。


炭化した部位を見た瞬間、解体担当の男の眉が動いた。


「……雷の魔法、ですね。かなり強力だ」

小さい声。


レインドが頷く。

「ああ、それは彼が仕留めた」


さらりと言う。余計な説明はない。

ざわ、と空気が動く。


囁きが増える。

「あれは魔導機械を従えてる男か」

「雷を使うなら、かなり優秀な魔術師じゃないか」

「上位種があんなに……」


タイラーは息を吐いた。

周囲の評価は好意的だ。

だが、今日はそんな気分にはなれなかった。


報告書類を書き込み、最後に受付の男が言った。

「……今回はお疲れ様でした。怪我人が少なくて、よかったです」


報告が終わると、レインドはその場で振り返り、タイラーだけを見た。

「行くぞ」

短い。

「今日はオレが奢る。断るな」

それは命令に近い。

現場の指揮官が、隊を解散させる時の言い方。


ハルナスが鼻で笑う。

「隊長が払うのか」


「文句あるか」

レインドが返す。


「……いや、オレからも奢らせてくれ」

ハルナスが言う。空気が少しだけ緩む。


……正直、タイラーは今日はもう宿に戻って休みたかった。

だが、急な上司からの誘いは断れない。

もう現実世界でも無いのに。ギリギリ、飲みニケーションで育った世代だ。



酒場は温かかった。

煮込みの匂い。焼いたパン。木のテーブル。人の声。

森で凍った感覚が、ようやく抜けていく。


結局、討伐に参加したパーティ全員が強制参加だった。


席は自然に決まる。

レインドとハルナスが奥。

レインドのパーティがその隣。

向かいに新人三人。

タイラーは端。

そして――

あおいは、最初からタイラーの横に座った。

当たり前みたいに。

当たり前の距離で。


料理が運ばれ、酒が注がれる。湯気が立つ。

レインドが杯を持ち上げる。


「生きて帰った。……今日は、みんなご苦労だった!」

短い。

杯が軽く鳴る。

飲む。喉が熱い。


ハルナスがタイラーへ視線を向けた。


「助けられたな」

言葉はそれだけ。大袈裟じゃない。


でも“仕事の礼”としては十分な重さがある。

タイラーは少し考えて、事実だけ返した。


「盾が持ってくれたので。間に合いました」

ハルナスは鼻で息を吐き、頷いた。


「……まあな。10年来の相棒だ」

それで終わり。


新人三人は、言葉が揃わない。

でも表情が揃っている。


レインドが杯を置いて、カイルたちを一度だけ見た。


「……お前達、よく崩れなかった」

褒め言葉は少ない。だが、レインドの口から出ると重い。


「陣形を崩さずに、よく耐えてくれた。あの場では、陣形を残した方が勝つ」

視線が戻る。


「お前らの連携は、残った。上位種は他の者の仕事だ。次は“もっと残せる”」

新人三人が、同時に息を飲んだ。


悔しさが、少しだけ“次”に変わる音がした。


――感謝。


カイルは拳を膝に乗せたまま、深く頭を下げた。

ロアンは真面目に礼を言った。

ミレナは、まっすぐ見ている。


今日の彼らは、連携による成果は残せた。同時に、自分たちの限界も知った。


しばらく料理を楽しみながら、冒険者同士の会話が続く。

報酬の話、次の依頼の予定。

カイル達新人パーティーにも、少しずつ笑顔が戻り始めた。


タイラーに酌をしようとミレナが立ち上がる。

すっと、タイラーの横に立つ。


「……今日は、ありがとうございました」

声が詰まる。

「わたし、あの時……動けなくて……」

目が熱い。

距離が近い。

空気が少しだけ揺れる。


タイラーは言葉を探す。

「……最初は誰でも動けないよ」

ミレナの突然のアップにいい言葉が見つからない。そう言うのが精一杯だった。


ミレナは首を振る。

「でも、タイラーさんが――」

さらに一歩。

酒瓶をテーブルに置き、タイラーの腕を手で掴む。

ふわっと、花のようなミレナの匂いがした。


その瞬間。

左腕が、ぎゅっと掴まれた。

あおいの手。力は強くない。

でも、逃げ場がなくなるくらい、はっきり掴む。


タイラーも、ミレナも、同時に“はっ”となる。

あおいは何も言わない。

ただ、掴んだまま、目だけを上げる。

赤い瞳。

静かで、揺れない。だが透き通るように美しい。


ミレナが一歩引いた。

「……すみません」

タイラーの腕から手を離す。


あおいの掴んだ手は、すぐには離れない。

でも力は緩む。


あおいは首を振る。

「いい。生きてる。よかった」

それだけ。


タイラーは口の端だけで、小さく笑った。

(……おいおい)

心の中で自分にツッコミを入れる。


いい歳して何考えてんだ。オレは。

でも ――可愛い。


そんなことを思ってしまうのが、たぶん、終わってる。

あおいは怒っていない。

ただ、隣にいる。


嫉妬はその一度で十分。

伝わった。



パーティと別れた。

宿へ戻る道で、タイラーは指先を見た。


もう、ほとんど痺れは残っていない。

(……オレは、あんな強力な魔法を使えたのか)

頭の中で問いが回る。

ただ、完全に分からないわけじゃない。


思い返すと、いつも似た形だった。

考える暇がない時。間に合わせたい時。

“こうであってほしい”結果が先に立った時。

そして、なぜか形になった。


剣も。

ガソリンも。

テントも。

……思い出せば、形になっていた。

先に“欲しい結果”があって。

そのあとで、現実が追いついた。


理屈じゃない。

体系でもない。

――オレの中の、あの“変な力”。

名前は知らない。

知らないままの方がいい気もする。


でも、あれが関わっている。

それだけは、間違いない。


あおいが隣を歩いている。

さっきの手の感触が、まだ左腕に残っている。


あおいがぽつりと言った。

「……疲れてる?」


断定でもない。

ただの観察。


タイラーは小さく息を吐いた。

「少しだけな」


「強力な魔法だったし。魔力をたくさん使ったから」

あおいが言う。


オレは、雷の魔法を使った。

その事実だけが、残っている。



それから数日。

ギルドで声をかけられる回数は増えた。


「雷の魔法、使えるんだってな」

「さすがだな。魔術師様」

「次は一緒にやりたい。パーティーを組まないか?」

笑いながら言う者もいる。


タイラーは曖昧に返した。

肯定もしない。否定もしない。

調子に乗るのが一番危ない。


ここ数日、タイラーが選ぶ依頼は地味だった。


倉庫の整理。

水路の泥さらい。

畑の害獣追い。


報酬は小さい。手は汚れる。疲れる。

でも落ち着く。

派手な現場の後は、こういう仕事が必要だ。

呼吸を戻すために。


隣にあおいがいる。

最近お気に入りの、肉の串焼きを食べている。


あおいは食べている時の表情が、いい。


「なに?」

じっと見つめていると、あおいが返してくる。


報酬は相変わらず少ないが、なんとかリューデンの町でも生活できる程度にはなってきた。

だがこれ以上先に進むには、自分が持っている力を認め、生かして行く必要がある。



ある日、いつものようにギルドに入ると、受付の男がタイラーを呼び止めた。

「タイラーさん。指名依頼が入ってます」


指名。

足が止まる。

周囲の視線が少し集まる。

“あの噂の”という空気。

受付は書類を差し出した。


「前回の合同討伐でご一緒だった、レインドさんからも推薦されていますね」

レインドから。


内容は護衛。

中間紹介あり。

日数はそれなり。

報酬は ――良い。

受付が付け足す。


「拒否権はあります。……ですが、これは相当いい話ですよ。」


タイラーは書類を見た。

手の中で紙が少しだけ重い。

いまの自分が、何者になっているのか分からない。

あの魔法の力がもう一度出せるとは限らない。


でも。

進むなら ――ここだ。


この先に行くのなら、踏み出すべきだ。

あの力を使いこなして、王都セレスティアへ向かう旅。


タイラーはあおいを見る。

あおいは小さく首を傾げた。

「どうするの?」


タイラーは息を吐いた。

「……引き受けます」


受付が頷く。

「承りました。依頼主との面会は明日です。明日の朝、またギルドにお越しください」

事務的な声。

でも空気が少し変わったのが分かる。


あおいがタイラーの袖を引く。軽く。

綺麗な赤い瞳。美しい水色の髪。

思わず引き込まれそうになる、エルフの少女。


タイラーは、もう一歩踏み込む。


これが、正解だと思った。

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