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異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
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異世界で、二人乗り 第二部 第4話 「雷鳴」

町の外れ。森の縁。

朝の空気はまだ冷たい。

吐いた息がわずかに白む。湿った土の匂いが鼻の奥に残る。

夜露を含んだ草が、足首に触れるたびに冷たい。



合同討伐に集まったのは、四つのパーティだった。


重装の男が一歩前に出る。

鎧が擦れる低い金属音が、朝の静けさをわずかに破る。


「今回の指揮を取る。レインドだ。」

声は低く、端的。冷えた空気を震わせるような声だった。


鎧は実用一辺倒。余計な飾りはない。

レインドは三十代半ばと見える戦士だった。

彼のパーティには、レインドより更に年齢が上に見える、弓使い。少し若い剣士。

弓使いの指は乾いている。弦を軽く弾く音が、ぴん、と澄んで響く。


「確認されているのはスクラッパー三十体以上。上位種も確認されている。突出するな。囲まれるな。」


一拍。森の奥で鳥が飛び立つ羽音。


「死人は出すな。」

その言葉で、タイラーの脳裏に別の声がよぎる。


――死人を出したくない。

リューネルのダスティの横顔。

あのときと、よく似ている。


数ヶ月前の自分。

手は震えていなかった。

恐怖に飲まれていたわけでもない。

前に出なかった。

後ろにも下がらなかった。

うまくやろうとしていた。

実際、うまくやれていた。

ただ―― 責任の中心に立つことだけは、無意識に避けていた。


視線を横へ移す。


新人冒険者が三人。

剣士のカイル。

軽装のロアン。

魔導士のミレナ。


森へ向かう道すがら、三人は自然とタイラーとあおいの近くに寄ってきた。

まだ緊張が抜けていない。


「力が入りすぎだよ。」

タイラーが言う。


「え?」

カイルが何度も剣を握り直している。



「初動が遅くなる。振る時だけでいい。」


カイルがぎこちなく笑う。

「……合同討伐、初めてで。」


ロアンは無言だが、槍を持つ手の甲に力が入っている。

鎧の隙間から汗が伝う。


ミレナが小さな声で言う。

「わたし、火、まだ小さいんですけど……」


「……大丈夫。」

あおいも言葉をかける。


「当てることを考えれば。仲間がいる」

三人の目が、少しだけ上を向く。


まだ不安がある。

怖いのは当然だ。

オレも、怖くなかったわけじゃない。

喉の奥がわずかに乾く。冷たい空気が肺に刺さる。


今回も――

フォローに回る。オレの役目はそれでいい。

だが、彼らにも自信をつけて帰らせてやりたい。


現実世界、管理職時代の考え方だ。

フォローは入れつつも、本人がやりこなした達成感を感じさせたい。


「離れないで。みんなまとまって、役割をしっかりとね。」

タイラーが言う。


カイルが頷く。喉が鳴る音がかすかに聞こえる。

ロアンが真面目に息を吸う。槍を握る手に力が入る。

ミレナが小さく「はい」と答えた。その声は思ったより震えていなかった。


レインド達ベテランの戦士パーティー。

カイル達新人冒険者パーティー。

そして前衛で盾役のポジションを取るであろう、戦士ハルナス。相棒の双剣使い。

タイラーとあおい。総勢10人。


確かに、魔法が使える冒険者が少ないようだった。


森の湿気のせいか、空気が重く、張り付く感じがする。

リューデンの町から徒歩で二時間ほど。

スクラッパーが住み着いているという森にやってきた。


森は湿っている。腐葉土の匂い。

踏みしめるたび、靴底に柔らかな沈み込みがある。


今回はジュリオは同行させていない。

タイラーはいつもの高そうな剣。柄は手の中でよく馴染む。

あおいの手には母から贈られたワンド、ルミナだ。淡く光る。


森を進む。

静かだ。

虫の羽音すら遠い。

だが、直後にタイラーは気配を感じた。

空気が、ほんのわずかに動いた。

すぐにあおいを見る。


「あおい……」


「……いる。」

あおいの小さな声。


風が、わずかに逆流する。

次の瞬間、茂みが爆ぜた。枝が折れる乾いた音。

スクラッパーが飛びかかる。

灰色の体躯。獣の臭気。鉄と脂の混じった匂い。

群れで動く。歯のこぼれた剣を持っている。


「前衛は、固定!」

レインドの声が飛ぶ。


ハルナスが盾を構え、衝撃を受け止める。鈍い衝突音。腕に響く重さ。

土が跳ねる。すかさず、双剣使いの相棒が切り捨てる。


刃が肉を裂く湿った音。


横から流れてくる影。二体が、新人パーティの方へ。


「来るぞ!」

カイルが踏み込む。


足裏で地面を蹴る感触。土が滑る。早い。だが深い。一体を斬る。

血が飛び、鉄の匂いが濃くなる。


その背後からもう一体。

ロアンが槍を突く。金属が骨に当たる鈍い感触。浅い。

ミレナがロッドを掲げる。

「火よ……!」


小さな火球が放たれる。空気が一瞬だけ熱を帯びる。

スクラッパーの肩を焼く。焦げた毛の匂い。

だが止まらない。跳ぶ。

スクラッパーの粗末な剣がミレナに迫る。空気を裂く音。


タイラーがすぐに反応した。

半歩ずらす。靴底が土を滑る。足払い。脛に当たる硬い感触。

スクラッパーの体勢が崩れる。回転しつつ、左手の剣が最短距離を描く。

肉を断つ手応え。

血が遅れて散る。温かい飛沫が頬に触れる。


もう一体。タイラーは蹴りで腹を打つ。

骨に当たる鈍い衝撃。

体が浮く。


「あおい!」

言葉は短い。


あおいのルミナが動く。

風が圧縮される音。空気が震える。

圧縮された風が、浮いたスクラッパーを切り裂く。血が飛ぶ。


更にもう一体。

同時に、ミレナの二発目の火球がその一体の脚を焼く。

焦げる匂いが鼻を刺す。


「ロアン、右!」

ミレナの声。

足を焼かれ、動きが止まったスクラッパー。


ロアンの槍が深く入る。

突き抜ける感触。スクラッパーは絶命する。

槍を抜こうとする動作。柄が血で滑る。


横から別のスクラッパーの影。

粗末な刃がロアンの肩を裂いた。布が裂ける音。肉を割く湿った感触。

血。

生臭い匂いが一気に広がるような光景だった。


ミレナの息が止まる。

一瞬の出来事に、カイルの動きも止まる。


あおいのルミナが光る。同時に、地面の草が揺れる。

土がめくれ、根が絡む。

ロアンを切り付けたスクラッパーの足に絡む。

ほんの一瞬。


「カイル君!」


タイラーの一言で、はっと気づいたカイルが手に持つ剣を動かす。

震える手。だが踏み込む。

カイルの剣は、動きの止まったスクラッパーを切り裂いた。


続いて後続のスクラッパーが迫る。3体だ。

息つく暇もない。

肺が焼けるよう。喉に鉄の味。


脚で間合いを崩し、剣で落とす。刃が何度も当たる衝撃。

呼吸が荒い。耳鳴りがする。まだ数はいる。


囲まれてはいるが、レインド達も、ハルナスのパーティも健在。

陣形は崩れていない。

怒号と金属音がまだ響いている。


横を見る。あおいがロアンの横に立つ。


「動かないで。」

ルミナから淡い光。


暖かい気配が広がる。裂けた傷がゆっくり閉じる。

血の匂いが薄れていく。


カイルの目が追いついていない。

ロアンは歯を食いしばる。痛みで肩が震えている。

ミレナは必死にロッドを握る。手のひらが汗で滑る。


「カイル君、ロアン君、次は浅く斬れ!」

タイラーの声。


息が荒いが、声は通る。

「まずは武器を当てるだけでいい。深追いするな。その場所を維持するんだ。」


スクラッパーが、もう一体――今度は低く、滑るように入ってくる。


カイルが一歩出る。

さっきまでの“振りかぶり”がない。腕ではなく、足から動く。

受け流す。

刃と刃が擦れ、火花が散る。衝撃が腕に走る。だが、耐えた。


「……入れた!」

カイルの声が上ずる。


自分の声に自分で驚いたように、目が一瞬だけ大きくなる。

ロアンが、その隙を逃さない。

槍を“突く”ではなく、“押し込む”。体重を乗せる。

刃先が肉に沈み、相手の動きが止まる。


「ミレナ、今!」

カイルが叫ぶ。


ミレナは一瞬だけ迷う。

だがロッドが上がる。息を吸い、短く吐いて――


「火よ!」

小さな火球。


けれど、今度は脚ではなく、顔へ。視界を奪う場所へ。

スクラッパーが顔を覆う。動きが鈍る。


カイルの剣が、そこへ入る。浅い。だが確かに当てた。

次の一太刀は深い。喉元を裂く。

倒れる。

カイルが、呼吸の合間に笑った。


怖さは消えていない。でも――手が止まっていない。


冷静に。

周囲の状況を見る。


土煙。血の匂い。汗。焦げた毛。

まだ動く影。

スクラッパーは迫ってくる。


だがカイルとロアンが連携で押し返す。

そこにミレナの炎が飛ぶ。


熱が頬をかすめる。

背後や側面からの突発的な対応は、タイラーとあおいが受け持つ。


足元には、すでに温かい血が染み込んでいる。

地面に崩れていくスクラッパーの群れ。


荒い呼吸だけが残る。

震えは、まだ残っている。だが目は逸らさない。

一旦の静寂。


森が、音を取り戻す。

遠くで鳥が鳴く。


だが血の匂いは、まだ濃いままだった。


再び影が動く。二体。三体。

スクラッパーは数で押してくる。


タイラーは一歩、下がった。“下がる”というより、“預ける”ためだ。


カイルが前に出る。

今度はタイラーの声を待たない。自分で判断する。


「ロアン、左を止めて! ミレナ、背中――!」

ロアンが槍を横に振って間合いを作る。

ミレナの火が、その間合いの奥を焼く。

カイルが、焼けた相手を確実に落とす。


連携。

形になっている。


タイラーは、背後の気配だけを拾い、刃を一度だけ走らせた。

残った一体を落とし、すぐ視線を新人達へ戻す。


――いける。

彼らは、ちゃんと戦えている。


続々と森から襲いかかってくる、スクラッパーの群れ。

立ち位置を確保し、着実に役割を果たしていくカイルたちパーティ。



だが、その確信が、次の瞬間――裏返ることになる。


森の奥で、土が沈む音がした。

空気が、重くなる。


森の奥から、さらに数が湧く。枝が折れ、土が跳ねる。

腐った鉄の匂いが濃くなる。


その中に―― 異質な影。

ひときわ大きい。

肩幅が広い。

腕が太い。

持つ剣も粗末ではない。厚い鉄板を叩き潰したような刃。

三体。


「……上位種だ!」

レインドの声が変わる。


キングスクラッパー。

低く唸る。

喉の奥で石を擦るような音。


一体が盾を正面から叩き割る勢いで打ち込む。

ハルナスが踏みとどまるが、膝が沈む。地面が割れる。

もう一体が側面から切り込む。双剣使いが弾かれ、転がる。


三体目。

カイル達に迫る。


「下がれ!」

カイルが前に出る。


上位種の太い腕から振り上げられる剣。

カイルは咄嗟に盾で受け止めようとするが、盾ごと弾き飛ばされる。

鈍い音。

体が地面を転がる。


「カイル!」

ミレナの叫び。


キングスクラッパーの影が迫る。

その剣が、振り上がる。


一方、タイラーは、別のキングスクラッパーと向き合っていた。

先ほど双剣の男を弾き飛ばした上位種。


一撃が重い。

さっきまでの個体とは違う。

衝撃が腕に残る。


あおいの補助魔法が来る。

一瞬、キングスクラッパーの動きが鈍る。


踏み込み、一瞬の隙を突く。

喉元を切りつけ、キングスクラッパーの血が噴き出す。


倒れる。

だが――


視界の端。

ミレナ。

間に合わない。距離がある。


「あおい!」

叫ぶ。


風が巻く。

あおいのルミナが強く光る。

足元の空気が弾ける。あおいの補助魔法だ。

タイラーの体が軽くなる。視界が流れる。


速い。


だが――

足りない。


ミレナは動けない。

ロッドを構えたまま、固まっている。


キングスクラッパーの剣が、振り下ろされる。今、まさに。


何か。

投げられるもの。

石でもいい。

刃でもいい。

間に合わない。


剣の影が、彼女の顔を覆う。

その瞬間。


空気が、軋んだ。

風ではない。

火でもない。

バチバチ、と乾いた音。


タイラーの周囲に、光が走る。

小さな球。

一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

五つ。

青白い。

雷鳴を閉じ込めたような光。


空気が震える。

髪が逆立つ。

鉄の匂いではない。焦げる前の匂い。


「……なに……」

誰かの声。


キングスクラッパーの剣が、ミレナへ落ちる、その直前。

電撃の玉が、弾けるように飛んだ。


二つが直撃。


轟音。

雷が落ちたような閃光。

バチバチと乾いた音を立て、キングスクラッパーの体が痙攣を起こす。


そして遅れて青白い光が二つ、ぶつかっていく。

キングスクラッパーの体から炎が上がる。


光が炸裂する。

焦げる匂い。

肉が焼ける音。

体が硬直する。

黒煙。


最後の一発が胸を撃ち抜く。

キングスクラッパーは、黒く炭の塊のようになって倒れた。

手に持っていた剣は、地面を浅く裂くだけで止まる。ポトリ、と落ちるようだった。


視界の端で、もう一体のキングスクラッパーがレインド達に押し返されている。

弓の音が一度鳴る。

少し遅れて、巨体がよろめき、崩れ落ちる。



静寂。

焦げた臭いが、森に広がる。

誰も動かない。

ミレナは、まだロッドを握ったまま、立っている。


タイラーの足元で、残っていた風の気配が消えた。


残ったのは、わずかな痺れ。

指先が、少しだけ震えている。


「……今の……」

ロアンが、呟く。


タイラーは、答えられない。

自分でも、分からない。


ただ――

間に合った。

それだけだった。



あおいはすぐに動いた。


「ミレナはカイルを……」

あおいが指示を出す。

はっと気づいたように、カイルに駆け寄り治癒術を施すミレナ。


あおいは、転がった双剣の男へ駆け寄る。

ルミナが光り、傷口に淡い風がまとわりつく。


「動かないで。」

低く、静かな声。


その横で、再び陣形が組み直される。


「まだ来るぞ!終わってない!」

レインドの怒号。


森の奥で、枝が裂ける音。

更に二体のキングスクラッパーが、ゆっくりと前へ出る。

一体は既にレインド達が引き受けていた。


もう一体は、ハルナスへ。

盾が構えられる。


衝突。

重い。


さきほどとは比べ物にならない。大型の個体。

ハルナスの体が半歩、沈む。

地面に亀裂が走る。

二撃目。

盾が軋む。腕が震えているのが、遠目にも分かる。

双剣の男は現在あおいが治療中だ。

防戦一方。

攻撃の手数が足りていない。


タイラーは、その光景を見ていた。


距離はある。

走れば届く。

だが、その間に盾が割れる。


さっきの。

空気が軋んだ。

指先が痺れた。

光が、浮いた。


偶然か。

いや。

出た。

間違いなく。

なら、使えるはずだ。


もう一度。

力むな。

あの時、考えていなかった。

呼吸を止める。

森の湿った空気が、急に重くなる。


指先が、ぴり、と痺れる。

来い。

バチ、と乾いた音。


一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

五つ。


青白い光が、タイラーの周囲に浮かぶ。

今度は、驚かない。

狙う。

ハルナスの正面。盾を押し込んでいる、キングスクラッパーの胸へ。


放つ。


五つの光が、ほぼ同時に走る。

轟音。

閃光。


雷鳴が森を震わせる。

キングスクラッパーの体が硬直する。

筋肉が強張り、腕が止まる。


二発目、三発目が胸に食い込む。

焦げる匂い。

四発目が肩を弾き飛ばし、

最後の一発が喉を貫いた。

黒煙。

巨体が、崩れる。


盾にかかっていた圧が消え、

ハルナスが大きく息を吐く。


静寂。

焦げた臭いだけが残る。



もう一体を相手にしていたレインド達パーティー。

少し遅れてもう一体のキングスクラッパーが倒れた。


レインドが相手の注意を引き、弓矢の男が矢を放つ。

少し若い剣士の男が急所を突き、レインドが脳天をかち割った。


その光景を見ていたタイラー。


「……助かった。」

ハルナスが、低く言う。


息を整えながらレインドがタイラーの近くに寄ってくる。

「やるな。」

短く。


「ギルドで君達を紹介してもらえて、良かった。」

その目は、評価する戦士の目だった。


カイルが立ち上がる。

まだ顔は青いが、目は違う。


「……すごい……」


ミレナはロッドを握ったまま、タイラーを見る。

尊敬と、少しの畏怖。


タイラーは、何も言えない。

胸の奥が、ざわつく。

あれは、なんだ。

意識した。

呼び出した。

だが、仕組みは分からない。

いつもと同じ感覚だ。

考えた瞬間に、出た。あの力。

理屈は分からない。だが、あの時と同じ“種類”の力。


あおいが、ゆっくりと近づいてくる。

ルミナを握ったまま。

赤い瞳が、タイラーを見つめる。


「……魔法、使ってたね。」


その声は、責めるでもなく、驚くでもない。

ただ、事実を言っただけだった。


タイラーは、わずかに指先を見る。

まだ、痺れが残っている。


「……そう、なのかもな。」

それ以上は、言葉が出なかった。

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