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異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
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異世界で、二人乗り 第二部 第2話 「選んだ旅」

街道を進むうちに、分かれ道が増えてきた。

木の杭に刻まれた簡単な案内。

風雨で削れた文字。

旅人が削り足したような、雑な印。

その中に、同じ名前を何度か見かける。


――リューデン。


「この先の町だな」


あおいにそう言うと、彼女は少し考えるように首を傾げた。


「……聞いたことある。街道の町」


森にいた頃でも、名前だけは耳にしたことがある。

それだけ、人の行き来が多い場所なんだろう。


「立ち寄るのに、ちょうどいい」


「うん。無理しなくていいね」

それで決まった。

今日の目的地は、そこだ。



街道がゆるやかに下り始める。

視界が開け、遠くに石の壁と屋根が見えた。


「あれ……町だよね」

あおいが、少しだけ声を上げる。


「ああ」

一瞬、間を置いてから続ける。


「……たぶん、リューデンだ」

断定しきらない言い方。


でも、外れていない感触がある。

町の輪郭は、リューネルよりもはっきりしていた。



街道に向けて開かれた造り。

旅人を迎え入れる前提の町だ。


石造の門は立派で、役割は十分だった。

門番が二人。

手慣れた動きで、人と荷を捌いている。


ジュリオを止め、順番を待つ。


「入町か」


「ああ」

短いやり取りのあと、差し出されたのは、いつもの要求だった。


「入町銭だ。一人、銀貨三枚」

……三枚?


リューネルと同じ、と一瞬思いかけて、すぐに気づく。


「……高っ」

思わず、小さく声が出た。


門番は気にしない。

そういう反応には慣れているらしい。


「金が無いのか?引き返すか?」


「いや、払う」


文句を言う場面じゃない。

銀貨を数えて差し出す。

続けて、門番の視線がジュリオに向いた。


「それは魔導機械だな。二枚だ」


「……そっちもか」


「そっちもだ」

即答だった。

(まあ、そうだよな)


ジュリオはこの世界では魔導機械と認識される。

混乱も無く通れるだけ良し、と思うしかない。

銀貨を追加で渡す。


名前と来た場所と目的の場所を簡単に書かされる。

学んでもいないのだが、なんと無く分かるようになったこの世界の文字。

もう、手が迷わなくなった。


門番から許可証代わりの銀色のプレートを受け取り、道を開けてくれた。


「王都へ向かうなら、ここからあと四日の距離だな。気をつけて行けよ。」

何気ない一言。


「四日……」

それって近いのか?と思う。


現代社会の感覚で言えば、まだ遠い。

(リューデンまで来て、あと四日かよ)

でもここが、旅人にとって、ひとつの節目なんだと実感する。


門をくぐると、空気が変わった。音が増える。

人の声、荷車の軋む音、獣の足音。

焼いた肉と、乾いた土の匂い。


「……にぎやか」

あおいが、少し小さな声で言う。


「ああ。にぎやかな町だな」

初めての町なのに、ほっとしている自分がおかしかった。


門を抜けて、しばらくは人の流れに身を任せた。

リューネルではほとんど見かけなかった種族の姿が、自然と視界に入ってくる。


犬の顔をした者が、ヒトと同じように二本足で歩いている。

極端に背の低い、髭を蓄えた男――見た目そのまま、ドワーフと呼ばれる出立ちだ。


あおいはエルフだと言っているが、

よくある“耳の長いエルフ”というイメージには、全く当てはまらない。人間と変わる特徴が無い。

言われなければ、分からない程度だ。


猫耳なのか、ウサ耳なのか。

耳の生えた獣人の姿も、ちらほらと見かけるようになった。


この世界に来て数ヶ月。

ようやく、いわゆる“異世界人らしい”存在を、日常の中で見るようになった気がする。

だからといって、今さら驚くこともない。


――そういう人もいる。

それくらいの距離感で受け止められる程度には、オレもこの世界に馴染んできたらしい。

いや、わざわざ意識しなくなった、という方が近い。



やがて町はゆるやかに広がり、自然と一つの通りに集まっていく。

両脇に並ぶ店。

布を広げた露店。

荷を下ろした商人たち。


「……市、だね」

あおいが、周囲を見回しながら言う。


「ああ。常設っぽいな」

日を決めて開く市ではなく、街道の町らしく、いつも人が集まる場所らしい。


干し肉。

穀物。

野菜。

瓶に詰められた油や酒。


リューネルでも見た品だが、並び方が違う。

量が多く、種類も多い。


「リューネルと、少し違うね」

あおいの声には、少しだけ感心した響きがあった。


「王都が近いっていうのも、あるんだろうな。」

リューネルでも必要なものは、揃った。だがここは様々な種族が集まる町だ。

人が集まるから、物も集まる。

タイラーははじめて、この世界の都会を意識した。


屋台の一つから、焼いた肉の匂いが漂ってきた。


「……腹、減ったな」

自分でも分かるくらい、現実的な声だった。


「うん。私も」

軽く食事を取ることにする。


屋台の椅子は簡素だが、座れるだけでありがたい。

肉と、硬めのパン。

それに、薄く味のついたスープ。

豪華ではない。

でも、ちゃんとしている。

「おいしい」

あおいが、素直にそう言う。


「町の食事だな」

言いながら、少しだけ周囲を見回す。


同じように食事をしている旅人。

仕事の合間に立ち寄ったらしい町の人間。

彼らにとっての日常。

それが、妙に落ち着く。


食べ終わるころには、日が少し傾き始めていた。


「宿、行くか」


「うん」


屋台の店主に冒険者向けの宿はないかと尋ねたら、風見鶏亭という宿を聞いた。

市場からそれほど離れていない。

だが、人の流れから一歩外れた場所に建っている。


扉を開けると、落ち着いた空気が迎えた。

騒がしくない。

でも、静かすぎもしない。


「泊まりなんですが」


そう告げると、宿の主人は慣れた様子で頷いた。

部屋は二人部屋。

無駄な装飾はないが、掃除が行き届いている。


「……いい部屋だね」

あおいが、小さく言った。


「ああ」

その言葉に、自然と頷く。

(・・・ちょっと、高かったしな)


ジュリオは、軒下に置かせてもらった。

雨は当たらない。

人の目も、必要以上には向かない。

それだけで十分だった。


荷を下ろし、少しだけ腰を落ち着ける。


「お湯、使えるって言ってたな」


「うん。順番で」

それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。


湯浴み場は、宿の奥にあった。

大きな桶に張られた湯。

柄杓が並んでいる。

この世界では、それが普通だ。


先にあおいが入る。

その間、部屋で待つ。


しばらくして、あおいが部屋に戻る。

体から湯気がふわりと立ちのぼっているように感じた。あおいの匂い。

タイラーは思わずドキッとしてしまった。


タイラーも湯浴み場へ向かう。

柄杓で湯をすくい、肩からかける。


「……ああ」

思わず、息が漏れた。


冷えていたわけではない。

ただ、ずっと張りついていた疲れが、ここでやっとほどける。

植物の樹脂を切ったものを手に取り、腕や背を擦る。

泡は立たないが、不思議とさっぱりする。


何度か湯をかけ直すうちに、体の感覚が、少しずつ戻ってくる。


町に着いた。

食事をした。

宿に泊まっている。

湯を使った。


それだけのことが、今日はやけに大きく感じられた。

湯浴みを終え、身体を拭いて外に出る。

部屋に戻ると、あおいが窓辺で外を見ていた。


「早かったね。」


「ああ」

それだけのやり取り。


灯りは落としてあった。

だが完全な暗闇ではない。

窓の外から、町の夜の明かりが、薄く部屋に滲んでいる。


しばらく、言葉はなかった。

その沈黙が、気まずいものではないことを、二人とも分かっている。


「……あおい」


名前を呼ぶと、彼女はすぐには振り返らなかった。

窓の外を見たまま、夜の町の明かりを一つ、目で追ってから、ゆっくりこちらを見る。


「なに?」

昼よりも少し低い声。


灯りを落とした部屋のせいか、距離が近く感じられる。

タイラーは一度、息を整えた。

言葉を探しているわけじゃない。

ただ、そのまま口に出すには、少しだけ重かった。


「ありがとう」

短い言葉だった。


それでも、部屋の空気が、わずかに変わる。

あおいはすぐには返事をしなかった。

少しだけ目を見開き、何かを確かめるようにタイラーを見る。


「……急に、どうしたの?」


「この旅のこと」

それだけ言って、間を置く。


言葉を続ける前に、視線が一度、床に落ちた。


「森からキミを連れ出して、一緒に旅に出て……」

「見知らぬ土地まで来て……」

言葉にするほど、実感が増す。


「オレ一人だったら、たぶん、ここまでは来れなかった」

「こういう、ちゃんとした旅にしようって思えたのは、あおいがいたからだ」


あおいは黙って聞いていた。

途中で視線を逸らすこともなく、ただ、静かに受け止めている。


「……だから、ありがとう。あおいには感謝している」

今度は、少しだけはっきり言った。


あおいは、すぐには答えなかった。

ほんの一瞬、困ったように眉を寄せてから、ふっと力を抜くように笑う。


「私が、自分で選んだ事だから」


「……そうだったな」


短く返すと、彼女は小さく頷いた。

タイラーとあおい。

二人が一緒にいるのは、誰かに決められたことじゃない。

リューネルで過ごした時間の中で、もう何度も確かめたことだ。


それでも――


「でも……」

あおいが、少し間を置いて続ける。


「嬉しい」

その声は小さかったけれど、夜の静けさの中では、はっきりと届いた。


「私も、タイラーに出会わなかったら……」

「たぶん、まだ森で暮らしているだけだった」


「戻りたくない?」

少しだけ意地悪な聞き方。


あおいは、すぐに首を横に振る。


「ううん」


短く、迷いのない答え。


「タイラーと一緒に……旅するよ。これからも」


そう言ってから、少し照れたように視線を落とす。


「私を森から連れ出してくれて……ありがとう」

今度は、あおいが言った。


二人の間に、静かな空気が戻る。


けれど、さっきまでとは少し違う。距離が、確実に縮まっている。

言葉がなくても、呼吸の位置が分かるほどに。


「……もう、いいな」

タイラーがそう言うと、あおいは一瞬だけ瞬きをしてから、小さく首を傾げる。


「なにが?」


「言葉」

それだけ告げて、手を伸ばした。


指先が触れるより先に、あおいの体温が、はっきりと伝わってくる。

あおいは、ためらわなかった。

逃げることも、構えることもなく、その手を、自分から受け取りにくる。


指が絡む。


ほんの一瞬、互いの呼吸がずれる。


近い。

思ったよりも、ずっと。


確かめ合う必要は、もうなかった。

けれど、確かめるように、ゆっくりと距離が消えていく。


あおいの髪が、頬に触れる。

かすかな湯の匂いが、まだ残っていた。


夜は、静かに続いていく。


町の気配を遠くに残したまま、二人は、同じ時間に、同じ温度へと身を委ねた。

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