異世界で、二人乗り 第一部 第27話 「押されて、進む」
最近は、遠征討伐の依頼を受けられるようになった。
町を出て一日か二日。
日帰りできない距離なら、森や草原で野営をする。
最初のころは緊張して眠りが浅かったが、最近は違う。
焚き火を挟んで簡単な食事をとり、交代で見張りをして、夜が深くなれば、それぞれ横になる。
あおいは野営に慣れていた。
森で育ったエルフとしては、それは当然だ。
音に敏感で、夜の気配を正確に読む。
風が変われば先に気づく。
タイラーはまだ完全ではない。
それでも以前よりは眠れるようになった。
背中を預けられる相手がいる、という事実が、知らないうちに身体を楽にしている。
朝になれば、何事もなかったように出発する。
討伐を終え、帰路につく。
それが、ここ最近の二人の日常だった。
――冒険者として、やっと形になってきた。
そう思える程度には。
ギルドへ戻ったのは、夕方だった。
報告を済ませ、依頼完了の手続きをしていると、入口の方に見知った顔があった。
「……おう、タイラーじゃないか!」
快活な声をかけられて、少し驚く。
スクラッパー討伐のパーティを一緒に組んだ、ダスティだった。
以前と変わらない軽装だが、視線は鋭い。その道の職人といった風貌。
その隣に妻のマリン。
そして少し後ろに、弓使いのリーナと治癒術士のノラ。
「あ、久しぶり」
リーナも気づいて、軽く手を上げた。
「……久しぶりです」
タイラーが応じる。
あおいは、自然とタイラーの半歩後ろに立った。
隠れるわけじゃない。
でも、前に出るわけでもない。
以前と同じ位置だが、印象は違っていた。
マリンがあおいに微笑む。
「元気そうね、あおいさん。」
「……はい」
短い返事。
けれど、声に迷いはない。
「最近、討伐仕事も受けてるって聞いたぞ。」
ダスティが言う。
「ええ、なんとかやれてます。」
タイラーは頷く。
「いい事だな。」
ダスティは一瞬、あおいを見る。
「二人とも問題なさそうだな。」
タイラーとあおいは小さく頷いた。
言葉は足さない。
そのやり取りを見て、リーナがにやっと笑う。
「相変わらず息ぴったりね。」
「あ……はあ。」
タイラーは一瞬、返しに迷った。
マリンが助け舟を出すように言う。
「よかったら、夕食を一緒にどうかしら?ちょうど区切りでしょう。」
断る理由はなかった。
ギルド併設の酒場は、ほどよく賑わっていた。
冒険者たちの声が混じり合い、木の床に靴音が響く。
同じテーブルにつき、近況を話す。
ダスティたちは最近、街道警備が多いらしい。
群れで動くモンスターが増えている。
リーナはスレイ達のパーティと組むことが多くなったと言い、
ノラは治癒術の他にも、補助魔法を精力的に学んでいると静かに話す。
タイラーたちも、倉庫作業などの他にも遠方討伐が増えていると話す。
あおいは補足する程度で、多くは語らない。
話が一段落したところで、自然と流れが変わった。
「タイラー、ちょっといいか。もう一人加えたい男がいる。」
ダスティが顎で示す。
タイラーは席を立ち、ダスティに続いた。
あおいも、つられるように席を立った。
「あおいさん」
あおいにマリンが声をかける。
「こっち、空いてるわよ」
意図的なようで自然なよう。
でも結果的に、男と女で席が分かれた。
席を離れる時、タイラーはあおいの方を見た。
あおいも一瞬こちらを見る。
大丈夫。
そう言うように、小さく頷いた。
タイラーは何も言わず、ダスティの後に続いた。
酒場のカウンターには、体格のいい男が一人立っていた。
分厚い肩。使い込まれた装備。
グラスを持つ手に、無駄がない。
近づくにつれて、顔を思い出す。
スクラッパー討伐の際に同じ現場に立った、重装備の戦士。
そのリーダーのスレイだ。
「よう、スレイ。ここいいか?」
ダスティは慣れた調子で声をかけた。
スレイとダスティ。
昔馴染みとか、戦友とか、そんな関係だと以前に聞いたことがある。
「ああ……」
スレイは短く答え、少し横にずれて場所を空けた。
カウンターに、男三人が並ぶ。
少しの沈黙。
酒場のざわめきが、かえってこの一角を際立たせる。
「まず、言わせてくれ」
ダスティが切り出した。
「前回の討伐だ」
「おまえが言ってくれた提案」
一拍置いて、
「あれは本当に良かった」
タイラーは一瞬、きょとんとする。
「……提案、ですか?」
「あれで流れが変わった」
「その場で、誰も言えなかったことだ」
あのときのことが、自然と頭に浮かぶ。
前衛だけでなく、後衛や補助も含めた報酬配分を提案した場面だ。
「いえ……」
タイラーは首を振った。
「少し言い過ぎたと思っていました」
ダスティは少し考え、鼻で笑う。
「あの場ではな」
「誰も言えなかったんだ」
そのとき、スレイが短く口を開いた。
「……いい機会だったな」
それだけ言って、グラスに口をつける。
「みんな思っていた」
ダスティが続ける。
「でも、誰も言い出せなかった」
「そう……なんですかね」
「そうだ」
ダスティは即答した。
「でしゃばったと……思っていました。」
「違うな」
ダスティが被せる。
「でしゃばったんじゃない」
「場を見て、口を出した」
「それは、現場じゃ必要なことだ」
スレイが、グラスを置く。
乾いた音。
「……」
何も言わなかった。
だが、ダスティと同じ考えだというのは感じた。
そこから先は、自然と話が流れた。
ベテラン冒険者、ダスティとスレイからの助言だ。
遠征依頼を受けるときの引き際。
戻れない距離に踏み込む前に、何を見るか。
討伐の最中、前衛が焦る瞬間。
後衛が不安を抱く瞬間。
それをどう拾い、どう声をかけるか。
「まとめるってのはな」
ダスティは淡々と言う。
「強いことじゃない」
「目を配ることだ」
「誰が今、怖いか」
「誰が今、無理してるか」
「一人で背負わせるな」
「現場じゃ、それが一番危ない」
スレイが、低く付け加えた。
「……止める役がいないと、崩れる」
二人からの言葉は、無理なく胸に落ちてくる。
そうだ、とタイラーは思う。
パーティリーダーは管理職だ。
現実世界だろうと異世界だろうと、その役割は変わらない。
タイラーは、思わず息を吐いた。
それは冒険者としての助言であり、
同時に、自分の生き方そのものに刺さる言葉だった。
ダスティは続ける。
「これから先、おまえにはもっと厄介な仕事も来る」
「経験の差が、そのまま出る相手にも出くわす」
「そういう時、折れそうになる」
一拍、間を置いて。
「……でもな」
「最後に支えになるのは、仲間だ」
タイラーは、無意識に視線を動かしていた。
少し離れたテーブル。
女性たち三人に囲まれている、あおいの姿。
逃げていない。
困ってはいる。
それでも、席を立たず、そこにいる。
「……強いな」
思わず、口をついて出た。
「誰のことだ?」
ダスティが聞く。
ダスティは、タイラーの視線の先を見て、
小さく笑った。
自分も、女性たちのテーブルに目を向けている。
「お前はいいよ。タイラー」
「え……?」
「少し変わった男だが」
「ちゃんと、見えてる」
「それは、強さだ!」パンッ と背中を叩かれた。
タイラーは、言葉を返せなかった。
一方、あおいのテーブル。
囲まれている。完全に。
それぞれの近況の話はしたが、もちろんそれは本題ではない。
「で」
リーナが身を乗り出す。
「その後、どうなったの?」
あおいは、言葉を探すように視線を落とした。
「……一緒に、います」
「それ前から」
リーナは即座に言う。
マリンが苦笑する。
「リーナ、追い詰めないの」
「追い詰めてないって」
「確認」
ノラが静かに口を開く。
「……まだ進めない?」
あおいは、一瞬だけ黙った。
「……好きと伝えました。」
「がんばったのね。」
マリンが頷く。
「え?え?それで?タイラーは何て答えたの?」
リーナが続ける。
「……好き、と言ってくれました。」
あおいは耳まで赤くなっていた。
「え?え?それから先は?」
リーナがさらに追及いてくる。
「……」
あおいは答えない。本当にこの先は無いからだ。
マリンはあおいの限界を察したのか、リーナとノラに目配せする。
「がんばったのね。あおいさん。」
あおいは頷く。マリンは続ける。
「でもね。はっきりしない男は、女が引っ張らないと」
あおいにとって、一番衝撃的な言葉だった。
あおいの目が揺れる。
「……ひっぱる」
「ゆっくりでいいわ」
マリンは笑う。
「風向きを少し変える感じ」
ノラが続く。
「積極的に!」
リーナが即乗る。
「……せっきょく」
あおいは小さく復唱する。
ノラが言った。
「情熱的に」
あおいは、困ったように眉を寄せた。
「……それは……」
「風も教えてくれないでしょ」
ノラは淡々と言う。
その言葉に、あおいは小さく頷いた。
風は、森で生きる術を教えてくれた。でも、人の心のことまでは教えてくれない。
「……わたし」
あおいは小さく言った。
「……わかりません。」
「知ってる」
リーナが即答する。
「でも」
あおいは続ける。
「……がんばります」
それ以上は言えなかった。
頬が熱い。
視線を上げられない。
マリンは、優しく笑った。
「それで十分。」
ノラは何も言わず、
静かに頷いた。
タイラーがあおいに合流したとき、空気が少し変わっていた。
タイラーはそれに気づく。
理由は分からない。
でも、あおいの立ち方が、ほんの少しだけ近い。
別れ際、ダスティが言った。
「また一緒にやろう」
「はい」
タイラーは頷く。
「無理はしないでね。あおいさん。」
マリンが言う。
「……はい」
あおいも応じる。
リーナもノラも手を振り、みんなと別れた。
夜の町に出る。
石畳が月明かりを反射している。
白梟亭までは、少し歩く。
並んで歩きながら、しばらく二人とも何も言わなかった。
ふと、あおいが立ち止まる。
「……タイラー」
「ん?」
あおいは一瞬、迷って、
それから、そっと手を伸ばした。
タイラーの手に触れる。
指先が重なる。
一拍。
それから、指が絡んだ。
手を、繋いだ。
「……」
言葉はない。
でも、二人とも笑った。
声を出さずに。夜の空気の中で。
そのまま、手を繋いで歩き出す。
宿屋の灯りが見えてくる。
この夜が、次へ進む前の、静かな助走になる。




