表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
20/28

異世界で、二人乗り 第一部 第20話「前に出ない仕事」

白梟亭の裏庭は、朝の光を静かに受けていた。


タイラーはジュリオのハンドルに手を置き、あおいが乗り込むのを待つ。

アクセルを回すと、いつも通り快調な音を立てて走り出した。

「今日は怪我をしないように、慎重にいくぞ」

声に出してみると、その言葉がやけに現実味を帯びて響いた。


先週から、討伐依頼の仕事も引き受けるようになっている。

大型のモンスターではない。

害獣と呼ばれる小型のモンスター――モスラット、だったか。

群れで出てきて畑や水路を荒らす、厄介だが致命的ではない存在。


タイラーは剣で、あおいはワンドで魔法による補助。

それほどの脅威ではないが、初めて“危険を伴う”依頼だった。


この世界に迷い込んで、気づけば一ヶ月ほどが経つ。

ようやく、剣と魔法のファンタジー世界らしくなってきた。


タイラーは、ジュリオから出てきた、あの高そうな剣を腰に下げている。

森で戦ったとき以来、久しぶりに使うことになった。

鞘とベルトは道具屋で揃えた。腰に伝わる剣の重み。

そして、自分が剣を下げて歩いているという事実。


――おじさんが、何やってんだ。

ふと我に返る感覚はある。

それでも、一端の冒険者になったような気分が、悪くないのも確かだった。


あおいは、宝石と控えめな装飾が施されたワンドを手にしている。

いつも大切そうに扱っているそれは、成人の旅立ちの際に母から贈られたものだと言っていた。

「ルミナ」

それが、ワンドの名前だった。


ギルドでは倉庫作業などの依頼をこなしつつ、自分たちにも対応できそうな討伐依頼を、少しずつ増やしていた。

討伐依頼は報酬が高い分、希望者も多い。

なかなか順番が回ってこない。


最初に声をかけてきたのは、例のギルド受付の男だった。

顔見知りにはなったが、名を名乗り合ったことはない。

依頼表に書かれた「タイラー」という名前くらいは、向こうも把握しているだろう。

それ以来、空きが出た害獣討伐を中心に、少しずつ現場に出るようになった。


「あんたに紹介したい仕事がある」

今回も、その男の口から話が出た。


討伐対象:スクラッパー

亜人型モンスター。

複数で行動し、森や洞窟に簡易的な集落を作る、厄介な存在。

町の東側の森に、集落を作っているという情報がある。

放置すれば数を増やし、やがて町の脅威になる。

今回は群れ討伐。

複数パーティによる同時行動。


ジュリオで三十分ほどの距離。徒歩なら三〜四時間はかかるだろう。

町の生活圏からは、決して遠くない。


森の入口近くの水場で、他のパーティと合流した。

重装備の前衛が四人。

弓を持つ女性、魔術師風の女性。剣士と槍使い。

軽装で身軽そうな中年の男と、同年代の女性――夫婦だろうか。

自分たちを含めて、十二人。


「魔導機械か。珍しいな」


声をかけてきたのは、軽装の男。

ダスティと名乗った。

今回の実質的な現場リーダーらしい。


「遅くなってすみません」


「気にするな。すぐ説明する」

ダスティは簡潔に、だが要点を外さず話し始めた。


「森の泉を中心に、生息報告がある。ここから三十分だ。近い」

「数は十数から二十以上。単体は弱いが、連携してくる」


タイラーは依頼書を見ながら、説明を頭の中で整理する。

「前衛二、後衛一、補助一を基本にする。突出は禁止だ。勝手な判断で動くな。――俺は、死人を出したくない」

その一言で、場の空気が引き締まった。


「負傷者が出たら、妻のマリンか、ノラにすぐ知らせてくれ」

治癒役の女性たちが手を上げる。


「君は魔術師か? 治癒はできるか?」


「多少は。得意ではありません」

本当のことだった。

人生で二度しか使ったことがない。森で自分とあおいに使ったきりだ。


説明を終え、全員が移動を開始する。

ジュリオは水場に残した。


ダスティが、歩きながら声をかけてくる。

「パーティ行動は、初めてか?」


「はい」


「なら、無理はするな。やつらの連携の穴や、手薄な場所を埋めてくれれば十分だ」

経験者の言葉は重い。


これは、目立つ仕事じゃない。

形を保てるかどうかが、評価される仕事だ。


あおいを見る。

表情は硬いが、怯えではない。

完全に、戦う側の顔をしていた。



森の中は、思ったよりも視界が開けていた。

だが草丈は不揃いで、ところどころに死角が生まれている。群れで散開するには、都合のいい地形だった。


前衛の重装備の戦士が、歩調を落とす。

弓を持つ女性が矢をつがえ、魔術師たちもそれに合わせてロッドを構えた。


ダスティは軽々と木に登り、上から全体を見渡している。

タイラーとあおいは、自然と後衛の位置を取った。


そのとき、あおいのワンド――ルミナの宝石が、淡く光り始めた。

タイラーは、自分の立つべき位置を確認する。

全体が見える場所。

前にも後ろにも、すぐに介入できる位置。


「来るぞ」

低い声が走った。


草が揺れ、影が走る。

奇声とも鳴き声ともつかない音が、四方から迫ってくる。

数は多い。

戦闘は、予兆なく始まった。


前衛の戦士が最初の一体を斬り伏せる。同時に、左右から回り込む影。

「右、抜ける!」

声が上がった。

タイラーは、前に出なかった。

この位置を崩さない。抜けようとする個体の進路に、体を滑り込ませる。


その瞬間、自分の体が青く光った気がした。

あおいの補助魔法だ。

何を強化されたのかは、わからない。

だが、迫るスクラッパーを迎え撃つには、十分だった。

剣を振る。

切り捨てる。

後ろには、行かせない。


次の気配。

意外と、仕事が多い。


素早い個体に、刃が浅く入る。

そこへ、弓の矢が突き刺さった。倒れきる前に、止めを刺す。


――速さだ。

ようやく、補助の内容がわかる。


動きが、ひと呼吸早い。

木の上から飛びかかってくる影。

剣で薙ぎ払う。深い傷は与えていない。

向きを変えただけだ。


それで、十分だった。

重装の戦士が、一歩前に出る。

斧が振り下ろされ、スクラッパーの動きが止まる。


再び、あおいの補助が来る。

今度は――

青い、薄い膜が、目の前に現れた。

スクラッパーがそこにぶつかり、怯む。

「……バリアか」

だが、次の一撃には通用しない。

それでも、十分な猶予だった。

対応できる。

崩れない。


「次!」

タイラーは、視線を走らせる。

――深追いしない。

――陣形を崩さない。

それが、今の役割だ。


後方で、あおいはルミナを構えている。

詠唱は短く、光も控えめ。だが、確実に魔力が流れている。

あおいの補助魔法で前衛の戦士たちの動きが、わずかに軽くなる。

息が乱れにくい。

集中が切れない。

それを、あおい自身が一番強く感じていた。


――通りがいい。

母からルミナを受け取った日の言葉が、ふと浮かぶ。

『困ったときに、少しだけ助けてくれる』

その“少し”が、今日は確かに形になっている。

無理はしていない。

魔力が、素直に流れている。


理由はわからない。

ただ――

視界の端で動くタイラーの存在が、なぜか心を落ち着かせていた。


戦場は、じわじわと消耗していく。

スクラッパーは数で押し、一体倒れても、別の一体が隙を狙う。


死角。

後衛。

背後。


そのたびに、タイラーがそこにいた。


剣で弾き、体で塞ぎ、決して、踏み込まない。

派手さはない。

英雄的でもない。

だが、陣形は崩れなかった。


あおいは、確信に近い感覚を覚える。

――この人は、全体を見ている。


やがて、最後の一体が倒れた。

森に、静けさが戻る。

被害は最小限。大きな怪我人はいない。


「……やりやすかったな」

誰かが息を整えながら言った。

「派手じゃないけど、助かった」

向けられた先は、はっきりしている。


タイラーは、軽く会釈するだけだった。

あおいは、その横顔を見ていた。


胸の奥が、じんわりと温かい。

それが何なのか――

まだ、言葉にはできないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ