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異世界で、二人乗り  作者: そよかぜ
19/28

異世界で、二人乗り 第一部 第19話「役に立つということ」

白梟亭を出ると、昨日より人の流れが多かった。


朝の市場が立ち上がる時間帯だ。布を広げる音、木箱を引きずる音、呼び声。生活が、音として町に満ちている。


タイラーは歩きながら、その“密度”を感じていた。森での音は警戒の対象だった。ここでは、音は安心の証だ。

人の営みがある。営みの中に身を置くことの大きさを感じている。


正直、この世界に迷い込んで最初に生活したあの森。

いくら不思議な力があるとはいえ、あの森にまた戻るのは無理だな。

あおいと一緒に町へ来れて、本当に良かった。

タイラーは思う。


「今日は、どれにする?」

冒険者ギルドの掲示板の前で、タイラーが聞く。


あおいは、紙を一枚一枚、無言で見ていく。指でなぞるように、ゆっくりと。

討伐。護衛。素材採取。


彼女の視線は、自然と下に落ちる。

 

「……これ」

指さしたのは、水路整備の依頼だった。


「初めての仕事だな。」


「でもやってみたい、と思う。」

あおいはそう言って、依頼書の端を指で押さえる。


「流れを変える、って書いてある」

タイラーは文面を読み直す。なぜか読める異世界の文字。日本語がそのまま通用するのは、都合がいい。


依頼書に書いてある内容は、ただの清掃ではない。水の通り道そのものを調整する必要がある。


「判断が要るな」


「うん」


あおいの返事は短いが、迷いがない。

タイラーは、その様子を見て一つ思った。


――もう、相談する相手として自然に見れくれる。

それは、悪くない。嬉しい。


現場は、畑地帯の中央を流れる水路だった。

少し距離がある。この世界の住人だったら徒歩だと思うが、ジュリオで行こうと思う。


数日ぶりのエンジン始動。

異世界で不思議な力を身につけた、ジュリオ。

世界中に輸出されて活躍するホンダのバイク。でも、異世界まで来ていて、こんな使われ方をしているとは思うまい。 


ジュリオで二人乗り。

あおいがオレの腰を掴む。


この町に来て最初の夜。

あおいと1つのベッドをシェアして眠りについた。


なにもない。眠りにつくだけ。

隣で寝息を立てるあおいが、気になって眠れなかった。


でも、ここ数日は自分自身も安心したのか、同じベッドでも眠れるようになった。

いまさらあおいが腰を掴んだところで、何も思わない。


――今日は以前よりも掴む力が強く、背中との密着度が高い気がする。


それ以上考えるのをやめた。


町の中心地からジュリオで15分ほど。

おそらく徒歩だったら1時間以上かかったと思う。

この世界では魔導機械として認識されているジュリオだが、混乱を避けるために木々の裏あたりに隠した。


やがて目的の水路に到着した。


倉庫の仕事よりも、人が多い。農民、作業員、責任者らしき男。

川の水は濁っていて、流れが不規則だ。場所によっては溢れ、場所によっては淀んでいる。上流の雨の影響らしいことを言っていた。


責任者の男は、開口一番こう言った。

「下流が詰まってる。そこを掘り返して、水を流せばいい」

指さす先には、泥と石が溜まった箇所。

作業員たちはすでに道具を持っている。掘る気満々だ。


作業をはじめてしばらく経過した頃。

タイラーは、あおいの様子がおかしいことに気づく。


「あおい、どうした?」

声をかける。


あおいが小さく言った。

 「……先に、上」

上流の方を見ている。あの辺りからは森になる。


水路全体を見る。流れ。勾配。上流の様子。


「上流?」

 

「うん。ここだけ掘っても、また詰まる」

タイラーは一瞬で理解した。

声は小さいが、あおいには確信がある。森に住んでいたあおい。町の住人と見ているところが違う。


タイラーはすぐに責任者へ向き直った。

「すみません。一度、上流を確認しませんか」


責任者は眉をひそめる。

「時間がない」


「すぐに済みます。彼女はエルフです。森で暮らす知識がある。」

「……」

責任者の男は何言ってんだ?という目で見ている。

 

「問題なければ、すぐ戻ります。」

もうひと押し。


現実世界でも似たような場面があった。

部下が提案した企画がすごくいい。正直、自分の企画じゃない事が悔しいほどに。


その企画を握りつぶすこともできた。

オレの自己満足。プライドを守ること。

でも、会社の利益と部下からの信頼を捨ててまで守ることか?


この場の答えは一つだ。

オレはどうしても、あおいの気づきを尊重したかった。


「……エルフって、その女か」

責任者は、あおいを見る。


細身で、腰につけたワンド。装備は軽い。戦士にも、職人にも見えない。エルフの少女。

空気が、わずかに張る。


タイラーは、さらに答えた。

「彼女は森での暮らしが長い。自然の知識が役に立ちます。」


責任者の視線が、あおいに戻る。

あおいは一歩も引かず、静かに立っていた。


タイラーは続ける。

「間違っていたら、戻ります。作業の邪魔になるような事は無いと思います。」


責任者は、しばらく黙った。

やがて、短く息を吐く。

「……いい。お前たちだけで行ってこい。」



上流は、案の定だった。

倒木。絡まった枝。石が不自然に積もっている。

水は、そこから溢れていた。

 

「……この木をどかさないといけない。」


「これ、先にやらないと意味がないな」


すぐに責任者に報告した。

最初は認められないといった雰囲気だった男も、この光景を見れば納得せざるを得ない。 


作業の方針が、即座に切り替わる。

倒木を処理し、枝を取り除き、水の流れを戻す。

下流は、自然と落ち着いた。

作業員たちの表情が変わる。無駄な労力が消えたときの、あの顔だ。


休憩の合間。

作業員の一人が、あおいに声をかけた。

「お姉ちゃん、さっきよく気づいたな!」


あおいは少し驚いたように目を瞬かせ、それから短く答えた。

「……見えただけ」

 

「いい相棒つれてんな、兄ちゃん。」

 タイラーは頷く。作業員は笑って去っていく。


あおいは、その背中を少し不思議そうに見送った。

タイラーは、その様子を横目で見ていた。


――評価されることに、慣れてないな。

でも、それでいい。

慣れる必要はない。目的が変わるからだ。

ただ、必要な場面で、必要な判断をすればいい。


作業が進むにつれ、タイラーははっきりと感じていた。

今日の現場は、自分一人では回らなかった。

あおいの判断が、確実に全体を救っている。

 

「……あおい」

夕方に差し掛かる頃、タイラーは声をかけた。

「なに」

「昼間の判断、助かった」


「……うん」

それだけ。


多くは褒めない。持ち上げない。評価を誇示しない。

ただ、事実を伝える。


会社の中で心がけていたことだ。

それが、タイラーにとって自然だった。


だが――あおいの中では、何かが少しずつ積もっていく。



作業が終わる頃、水路の空気は明らかに変わった。

水の音が違う。濁りが引き、流れが一定になる。泥の匂いが薄れ、湿った土の匂いが前に出てくる。

「……流れてきたな」

誰かが言った。

それは、成果が目に見えた瞬間だった。人は、結果が見えると態度が変わる。責任者の男も、作業員たちも、どこか余裕が出てきた。

笑顔だ。

厳しい肉体労働の現場でも、笑顔で作業できる事はとても重要だ。

異世界だろうが、現実世界だろうが、関係ない。


その中で、あおいは淡々と動き続けていた。

倒木の残りを処理する位置。枝をどこへ逃がせば、また詰まらないか。流れが速すぎる場所と、遅すぎる場所。

言葉にせず、体で示す。


作業員たちが、自然とそれに従う。

「……次、そこです。」


「了解だ。姉ちゃん!」

誰かが返事をする。


あおいは一瞬、戸惑ったような顔をした。

自分に向けられた返事。指示として受け取られた言葉。

でも、拒まなかった。必要だと思ったから言った。それが通った。

ただ、それだけのことなのに、胸の奥が、少しざわついた。



ギルドからの依頼書にサインをもらう時、責任者の男があおいに聞いた。

「また次も、手伝ってくれるか?」

 

唐突な言葉だった。

あおいは顔を上げる。

「……私?」

「お前だ。判断が早い。今日は本当に助かった。」

男は、事務的に言った。だが、それは明確な信頼の表明だった。

あおいは、答えられなかった。タイラーの顔を見る。

自分の判断が、他人の仕事を動かす。

その事実が重くもあり、同時に、どこか心地よくもあった。あおいには良い経験だったに違いない。


初めての経験で少しキャパオーバーぎみのあおい。

ここはパートナーのオレが答えるべきかな。タイラーは思った。


「また、呼んでください。」

タイラーが答える。


「そうか。今日はご苦労だった。」



帰り道。町へ向かってジュリオが走る。

背中越しに感じるあおいの体温。


風が草を揺らし、水路の音が遠ざかる。

しばらく、二人とも何も言わなかった。沈黙が気まずくない。

それが少し不思議だった。


「あおい」

タイラーが先に口を開いた。


「さっきの話」

 

「……うん」


「どうするかは、あおいが決めていい。オレは、どっちでもいい」

それは、突き放す言葉じゃない。丸投げでもない。ただ、選択権を渡しただけ。


あおいは、しばらく考えた。

「……また、手伝う」


「そっか」

タイラーはそれ以上、理由を聞かなかった。

それが、あおいにはありがたかった。


説明しなくていい。正当化しなくていい。

決めたことを、そのまま受け取ってもらえる。



白梟亭の部屋は、夜になると静かだった。

通りの音は壁一枚隔てただけで遠くなり、聞こえるのは木造の建物がきしむ音と、風が窓を撫でる気配だけ。


ベッドは一つ。

それは、もう説明のいらない状況になっていた。

タイラーは布団に横になりながら、自然に息を整えていた。隣に人がいることを、頭から追い出すわけでもなく、必要以上に考えないようにすることができる。


――慣れた。

というより、「大丈夫だ」と体が理解した。という感じだ。

湯浴みを終えたあおいが隣で横になる気配を感じる。

布がわずかに擦れ、体温が近づく。

それだけ。

タイラーは、目を閉じた。


今日は疲労を感じていたせいか、思ったより早く眠りについた。



------▫️風の兆し▫️------

目を閉じても眠れない。


今日は疲れていると思っていたのに。意識が冴えている。

タイラーの存在が、すぐそこにある。

横で感じる熱。呼吸している。寝返りを打たない、安定した気配。

 

前は気にならなかった。一緒に眠るのは、必要だった。寒さをしのぐため。安全のため。ベッドが一つしか無いため。

理由がはっきりしていた。


でも、今日は違う。

理由がなくても、この距離にいることを、自然に受け入れている自分に気づいた。

それが少し怖かった。

昼の出来事が、頭の中で繰り返される。


判断したこと。任されたこと。守られたわけじゃない。

代わりに決められたわけでもない。

ただ、自分の考えを“そのまま”扱われた。

その感覚が、胸の奥に残っている。


あおいは、布団の中で小さく息を吐いた。


――この人は。

強い。でも、それを振りかざさない。

優しい。でも、押しつけない。

隣にいるのに、縛られている感じがしない。


それが、

いつの間にか、心地よくなっていた。


気づけば、タイラーの反応を待っている自分がいる。

意見を言うとき。判断をするとき。黙っているときでさえ。

名前はつけられない。

どういう感情なのかも、まだわからない。


――大きくなっている。


心の中で、そう思った。

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