異世界で、二人乗り 第一部 第16話「足場をつくる」
冒険者ギルドを目指して、町を歩く。
町の空気は、もう昨日とは違って感じられた。
人の流れ。
商いの声。
行き交う人々の足取り。
屋根のある場所で一晩を過ごしただけで、
心の奥に張りついていた緊張が、少しずつ剥がれていくのがわかる。
通りに並ぶ露店を、タイラーはゆっくりと眺めた。
乾燥させた肉。
布。
金具。
木製の箱。
用途の分からない道具も多い。
けれど、不思議と――
どれも「想像できる」ものばかりだった。
これは運ぶためのもの。これは留めるためのもの。
これは、壊れたら困る類の道具。
品物の横に書かれた金額を追って、タイラーの視線は自然と動く。
銀貨。
銅貨。
頭の中で、静かに計算する。
――減るな。
門で払った入町銭。
宿代。
食事。
メットインにあった皮袋には、
確かにそれなりの量が入っていた。
だが、こうして数字に置き換えていくと、
それは「安心できる量」ではない。
「……なあ、あおい」
歩きながら、ふと聞いた。
「この町の人って、みんな何して生きてるんだ?」
あおいは少し考えてから、淡々と答える。
「働く。作る。売る。狩る。依頼を受ける」
「それが普通?」
「普通」
即答だった。
働く、という行為が、
彼女の中では説明を必要としない前提になっている。
“働かない”という選択肢は、最初から存在していない。
その事実が、タイラーには新鮮だった。
通りの向こうに、人の出入りが多い建物が見える。
冒険者ギルド。
外壁にも掲示板があり、依頼書らしき紙が、風に揺れながら貼りついている。
中には入らない。まずは、外から様子を見る。
「あれがギルド?」
「そう」
「……職業案内所みたいだな」
あおいは首をかしげたが、否定はしなかった。
掲示板の前に集まる人々を眺めながら、タイラーは、ふと自分の服装に目を落とす。
簡素な上下の町人たち。色味を抑えた、実用重視の服。
一方、ギルドの周囲には、マントや鎧を身に着けた冒険者風の姿もある。
そして、自分。
現代風のジャケット。ワイシャツ。スラックス。
森では気にならなかった。
だが、町の中では、どうしても浮いている。
「なあ……これ、変じゃない?」
そう聞くと、
あおいは一度タイラーを見てから、
少し考えた。
「変じゃない」
「ほんと?」
「魔術士様だから」
足が止まった。
「……え?」
「ああいう格好は、儀式の装いだと思ってた」
あまりにもあっさり言われて、思わず笑ってしまう。
魔術士様。
儀式。
「いや、違う違う。ただの普段着」
そう言いながら、同時に理解する。
――やっぱり、浮いてる。
「……この世界の冒険者っぽい格好、した方がいいよな」
そう呟くと、
あおいは自然に頷いた。
「店がある」
彼女は、通り沿いの一軒を指さした。
中に入ると、革と油の混じった匂いが鼻をつく。
丈夫そうなジャケット。動きやすそうなズボン。
実用一点張りの靴。
値段を見るたび、
タイラーの眉が、わずかに動く。
――思ったより、減る。
それでも、必要なものだけを選んだ。
見栄は張らない。無理もしない。
出そうと思えば、出せる。ジュリオに頼めば、また皮袋が現れる気もする。
でも――
それは、違う。
それをやったら、ここで立っている意味がなくなる。
“生きている”んじゃなく、
“与えられている”だけになる。
この世界で暮らすなら、この世界のやり方で、足場を作らないといけない。
あおいも、棚の前に立っていた。
出会った頃と変わらない、簡素な服装。
だが、布の質を確かめ、替えの衣類に目を通し、
包帯や小さな革袋、細かな日用品にも視線を向けている。
森で暮らしていた彼女は、
何も持たない旅人ではなかった。必要なものを、ちゃんと知っている人だった。
会計を済ませたのは、タイラーだ。
皮袋は、はっきりと軽くなった。
だが、その感触は、嫌なものではなかった。
店を出たところで、沈黙を破ったのは、あおいだった。
「ありがとう」
服と、日用品。
その代金のことだろう。
一拍置いて、続ける。
「……働くなら、私も、手伝う」
申し出というより、
前提のような言い方だった。
タイラーは足を止め、あおいを見る。
「いいの?」
「一緒にいるなら、その方がいい」
一緒に……理由は語られない。
深く聞けば、言葉が壊れてしまう気がした。
それで、十分だった。嬉しかった。
「……じゃあ、行こうか」
視線の先には、冒険者ギルド。
「まずは、
ここで生きるための足場を作ろう」
そう言って、歩き出した。
------▫️風の兆し▫️------
装備を選ぶタイラーを、少し離れたところから見ていた。
値段を気にして、必要なものだけを選び、無理をしない。
魔導機械に頼れば、いくらでも出せると言っていたのに、そうしない。
それが、不思議だった。
でも、嫌じゃない。
この人は、“ちゃんと生きよう”としている。
だから、手伝いたいと思った。
そのとき、町を抜ける風が、
私の横を通り過ぎた。
強くもなく、でも、迷いのない流れ。
言葉はない。
けれど、それでいいと、背中を押された気がした。
理由は、まだわからない。言葉も、ない。
でも、その感覚だけは、
はっきりしていた。




