園芸部モブ平民は芽を摘む〜愚鈍王子の側近になりました〜
数ある中から作品をお読みいただきありがとうございます!
俺には前世の記憶がある。
前世で大好きだった園芸を、現世では学園で思いっ切り楽しんでいるのだ。
それもそのはず、園芸部を立ち上げ、庭園の一角を活動の場とすることを勝ち取った。
ちなみに園芸部は一人。
一人きりで花と土に向き合っている時間は、俺にとって至福だ。
でも学園から活動費が出るので親に迷惑をかけずに園芸ができるのはとても助かる。
「そこにこれも植えてくれるかい?」
人の声。
部の活動中に声をかけられたことがない。とっさに身を固くする。
ぎこちない動きで振り返る。
すると目に入ってきたのは絵でしか見たことがない花。
「ガーベラ? ……ってリ、リュシアン王子……殿!?」
あまりの驚きに王族へのマナーは飛んでしまった。それなのに王子はゆっくりと口端を上げて、笑顔になった。
「ほう、ガーベラを知っているとは感心だなぁ」
仕草も口調ものほほんとしていて、パーティー好き。
仕事ぶりは可もなく不可もなく、害はないが切れ者でもない──愚鈍王子との噂。
平民の俺には、真実を知る術はない。
この学園では利用する建物や学科は貴族と平民に分けられている。
ただ、庭園やカフェテリアなどの共有スペースは一緒に使う。
それでも、王子なんて社会の縮図の頂点の王族という高貴な人と話す機会はなかった。
「国内で見かけたことがありませんでしたから珍しくて……南大陸の花でしょうか?」
ガーベラ好きの俺は仕入れたばかりの知識を披露する。
すると王子は嬉しそうに顔を綻ばせた。
(のほほんとしていると聞いたが、花が好きだったんだ! 仲良くなれそう)
俺が感動している間に後ろの取り巻きがリュシアンに耳打ちしている。
「ソラ、南大陸の花とまで知っているなんて、博識だなぁ。でもこれは隣国から輸入したものなんだ」
「えっ? 隣国は南大陸の国を植民地にしている……ふぐぅ」
(まずい。花の話で、完全に気が緩んだ)
うっかり前世の知識が漏れた口を手で覆う。
(植民地なんて言葉、平民が知っているわけないだろ!)
「大変失礼いたしました。ちょっと夢で見たことが口から漏れてしまい……お忘れください」
リュシアンは手を上げながら笑顔を崩さない。
「植民地……認識が早くて驚いたなぁ」
つまり隣国は南大陸のどこかを植民地化している。そして口ぶりからリュシアンは隣国の誰かと繋がっている。
(しっかり“植民地”は聞かれてたな。まぁ、平民の俺にはなんにも関係のないことだけど)
リュシアンは少し顔を上げて庭園の奥を見ている。
「なにかお探しですか……?」
リュシアンは眉を顰めると、どこかへ歩き出す。
「これは……?」
「……ツゲミシアです。春になると球体のような花をつけます。茎と葉が妙に滑らかで、葉が茎を抱くように生える。……咲いているだけなら、問題はありませんが」
庭園の奥にあったため見逃されていた。
書物の挿絵の記憶と実物を擦り合わせる。
おそらく野草だ。
前世の類似花は幻覚作用がある。それだけでなく──。
喉の奥が、かすかにひりついた。
「もしかして幻覚作用を持つのではないか?」
俺の声ではない。驚きあまりリュシアンの固い声音に気が付かなかった。
前世では違法植物であったため、映像での記憶しかない。
「実物は初めて見ます……花弁の付け根部分から取れる濁った汁にそのような作用の成分が含まれていると聞きます。それに興奮、高揚感、快楽を伴い依存性が高いとか……」
掠れて消えていく俺の言葉と入れ違いに風の音だけが耳に伝わる。
前世の記憶がフラッシュバックした。
──路地の壁沿いに力なく座って、焦点の合わない骸骨に皮を被せたような人の道を外れた人たち。
真夏に厚手のジャケット姿で、虚ろな目をしてどこかへ何度も電話をかける青年。
リュシアンは顎に手を添えて花壇全体を見据えた。
「ふむ、配置替えをするか。ソラ、返答内容で不敬罪は問わぬから、自身の意見を述べてほしい。君ならどこからツゲミシアの種を得る?」
ツゲミシア自体はこの国にない。
となると、風か、荷に紛れたか、誰かが持ち込んだか。
ふと外した視線の先に花壇のツゲミシアが見える。
不揃いの花たち。
(不均等に生えるのは野生の可能性が高い。王子の反応からすると、このツゲミシアを知る人はいない)
俺は顔を上げて学園の奥を見る。
裏の敷地は──。
「この裏は公立自然公園ではありませんか?」
公立自然公園は王族の管轄だ。
そこに生えるという時点で、偶然ではない。目の前の花壇に出ている数は一本や二本じゃない。
管理されている。価値のある植物を、大規模に栽培し、精製までしている。
指先が冷えていく。
高値で、しかも大量に。
一介の貴族の手に負える規模じゃない。──近隣諸国が絡んでいる。
(国際問題……戦争になるかも)
そう考えた瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
ソラは胸がざわつきリュシアンを一瞥する。すべてを見通しているような余裕のある瞳に射抜かれる。
(誰が仲良くなれるなんて思ったんだ。俺は馬鹿か!)
「ツゲミシアは抜いたほうがよいだろうか。君が先程まで頭に描いていたことを全部話してくれるかな?」
『策士』
その言葉しか浮かばなかった。
すべてはゆっくりと試され、気がついた頃には退路を断たれていた。
柔らかい顔つきに瞳だけが鋭く刺さる。
いつもゆったりと動く仕草は、すべて印象操作だった。
(いつもの鷹揚な姿。あれはすべてを見ていたんだ……)
恐怖、支配感、その逃れられない威圧に首を絞められているように苦しい。
俺は息が欲しくて、すべてを言葉にした。
リュシアンは時折頷き、ツゲミシアを指さした。
「君の意見は参考になった。明日朝十時に人を遣るので準備しておくように」
俺は花壇に顔を出したばかりのツゲミシアの小さな芽を摘んだ。
* * *
しばらく経ったある日──。
平民街の平凡な一軒家に装飾の綺羅びやかな馬車が着いた。
側近のガスパールが馬車の中から挨拶をしてきた。
大柄のガスパールは一見怖そうだが、とても穏やかな人だ。平民の俺にも分け隔てなく接してくれる貴族の理想のような存在。
リュシアンがそばに置くのもわかる。
この半年間、リュシアンに仕える大貴族の子息たちは様々だが、能力の高い優秀な若者揃いだった。
俺も植物の知識だけでは役に立ちそうになかったが、一つだけ見つかった。
金勘定──。
基本的な仕組みと帳簿のつけ方を教わると意外と面白い。
種類ごとに纏めてみると、いつ、どの種類にどれくらいの金額がかかっているのかも分かる。
貴族との繋がりがない俺にとって全体を把握するのには会計が必然だった。
帳簿をまとめた俺は、“公立自然公園の管理費”が半年で三倍に跳ね上がっているのに気づいた。
運搬費、人件費。公園の管理でこんなに膨らむはずがない。
しかし、この二つの経費だけ明細が極端に少ない。意図的に隠されている。
背筋が冷えた。
目の前のガスパールと目が合う。
腹の底に温かなものが広がる。
初対面ですぐに聡明な人だと感じ取った。
そして彼は俺の鋭い感覚を褒めてくれた。
「リュシアン様の『博識だなぁ』、これほど恐ろしい言葉はありません」
俺はこっそりガスパールに打ち明ける。
「私も同感だ。本意は『これからも博識だと思わせる働きをしてくれ』だもんな」
馬車の中では楽しげな笑い声が漏れた。
一つ違ったことは噂。
平民の間では“愚鈍”王子。
貴族の間では“平均”王子。
噂の真意が分からず、難しい顔をして考え込んだ。
「若い時から才能が抜きんでていると、王をはじめ面白くないと考える人もいる。それにふるいにかけることもできる」
ガスパールの言葉に俺は身震いした。
──“平均”は、刃を鞘に隠す言葉だと分かっていたから。
* * *
王城の玄関ホールに集まると王太子になったリュシアンが人だかりに向かってきた。
「さて、花壇も綺麗になったし、ここも綺麗にしよう」
人だかりの中にいたのは
中立派ヴァロワン公爵家のエリック、ガブリエル、アントワール、
新王派モンフェン公爵家のガスパール、パスカル、
革新派ロズリーヌ公爵家マクシミリアン。
どの青年も公爵子息でリュシアン本人による直接の人選。
あの日から準備をしていた。
荘厳な細長い扉を開けると玉座に座っている王が目を見開いてこちらを見てくる。
リュシアンを先頭とした一団は着実に王へと近づく。俺はその一番後ろからついて行く。
眉間に皺を寄せ苛立ちをみせた王は腰を浮かせる。
その隙も与えないようにリュシアンが目の前にやってきた。
制するために伸ばした王の手は無意味と化した。
「リュシアン、何のつもりだ? 謁見の約束もなくみだりに入るでない」
リュシアンは丸めていた紙を広げてみせる。
「大逆罪です」
「な、なぜ余が……!?」
王を罰せられる規則はない。
だが、内容は“国事反逆罪”と同義である。
リュシアンが手を挙げると玉座に衛兵が何人も入ってくる。
脇に控えていた側近や大臣たちを制圧すると王も捕らえられた。
隣国モンテリオンとの裏取引による共謀。
依存性の高い成分を含有する植物の栽培。
精製物の輸出などリュシアンは一定のリズムで事務的に述べる。
「そんなこと言っても、この国では余が一番偉い。お前を捕まえる」
「王命だ……!」
叫んでも、誰一人として衛兵の足を止めなかった。
返事すらない。
その瞬間、玉座の上にいた“王”は、ただの男になった。
「この署名にまだ気づかないのですか?
この件にはモンテリオン王も関わっています。そして向こうでも今まさに同じことが起きているでしょう」
「ソラ、ここへ」
飛び上がる心臓を押し込めて、震える足でリュシアンの隣へとやってくる。
必死で王城にあるすべての廃棄書類の箱から、ようやく見つけた証拠。
俺の手の中の封筒からは蝋封の欠片がいくつも出てきた。
震える手を隠すように声を張り上げる。
「第一に、モンテリオンの蝋封印が異常に多い。
第二に、公立自然公園の管理費の増加と、王への献上の時期が一致しています。
そして第三に、献上品の宝石はモンテリオンでしか採れない。
さらに金に押された印も、同一の型だと確認されています。
──詳細は、こちらにまとめてあります」
俺の言葉が終わる前に、王の喉が小さく鳴った。
玉座の間の空気が、目に見えない重さを帯びる。
間髪入れず、リュシアンが畳み掛けた。
「何かあった場合は、“私と隣国の王太子・アドリアン・ルネ・ド・モンテリオンが武力によって双国を鎮圧する”と」
王は身体の力が抜け衛兵に支えられる形となった。
「余は欲のために動いたのではない!
すべてはこの国の未来のためだ。
国を富ませ、ヴァルモンの王統を永遠のものとするため、
余はあらゆる手段を選んだにすぎぬ……」
衛兵は王の指から印章を抜き取り、無言でリュシアンに差し出した。
「その手段を間違えたのです。ツゲミシアは国を腐らせる種でしかない!」
リュシアンの指には王の印章がはめられた。
「……王を……罪人アンリ=オーギュスト・ド・ヴァルモンを連れていけ」
「ぐっ⋯⋯」
命令は虚しく響く。
王は衛兵に腕を掴まれ、連れて行かれるその背中はひどく小さなものだった。
俺からはリュシアンの感情は読み取れない。それでも王をはじめ側近たちが衛兵に連れて行かれるのにリュシアンは背を向けていた。
リュシアンはガスパールに短く命令する。
「ガスパール、このあとソラに一つ伝える。ガスパールは部屋の外で人払いをしろ」
「……はっ!」
俺は身を強張らせた。
肩から背にかけて、音もなく力が入る。
それは無意識だった。
──これが、王の格か。
玉座の隣の部屋について行く。
* * *
二人だけになるとリュシアンは珍しく背中を丸めて頭を抱えた。
「すまぬ、ここで見たこと、聞いたことは墓まで持っていってくれ……」
「誓います」
「平民であるソラを差別するわけではない。ただ、他の貴族にはこんな姿見せられない……」
リュシアンはぽつり、ぽつりと先ほど見た自分の父について話し始めた。
先王は自他共に厳しい人だった。
国の利益を最優先する人で寝る間も惜しんで政務に当たる日々だったようだ。
「先程の玉座の間で父様があんなにちっぽけにみえたなんて……想像していた父様はどこにもいなかった……」
全身を稲妻が駆け巡るような強い衝撃に指先まで痺れる。
俺の目には“一人の息子として父への戸惑い”をはっきりと感じ取れた。
そして“平民であった”からこそ選んでもらえた俺はリュシアンの姿を記憶に刻み込もうと頭の中で何度も繰り返す。
そしてそれをいつまでも忘れないと決意した頃、深くお辞儀をした。
頭を上げた俺の目に映ったリュシアンはどこか親近感のある感情を持った人だと強く確信した。
あの目を見たのは、あの時、人生で一度きりだった。
* * *
現王が捕まり、国は大きな混乱に飲み込まれた。
現王に同情する声、リュシアンに対する不信感の声⋯⋯その少し後に隣国の現王の報せも国中に知れ渡った。
二国に渡る王の大逆罪に国は大きく揺れた。
その大きな混乱により、市民から王太子への糾弾の声も上がった。
リュシアンは揺がぬ柱として王位に就く。
そして隣国の若き王とすぐに同盟を結び周囲の国へ牽制を図った。
そこで流れは変わり始める。
リュシアンの側近や選抜した人材は公爵になる者が多かった。
それぞれの領地を治め、産業が栄え始めてくると、政権への不満は減っていく。
俺の方はというと──。
あの日、リュシアンと二人だけの会話の後、部屋から出るとガスパールが駆け寄ってきた。
ガスパールがあまりにも固い俺の動きを見て、心配そうに声を掛けてきた。
どうやらリュシアンから叱責されたと勘違いしたのだろう。
俺も少しでも役不足を解消しようと意気込んだ。積極的に情報を集め金銭的な分析を進め役に立つ人材になろうとした。
リュシアン王を中心としたこの時代は大きな繁栄をもたらした。
それは先王とは違うやり方で国を盛り返したのだ。
それに加えて、もう一つ理由があった。
平民の間では、「王のそばに平民がいる」という事実そのものが、静かな安心として広がっていった。
政治の中身が分からなくてもいい。
自分たちと同じ立場の人間が、声を聞く場所にいる──それだけで、政権を見る目は変わった。
その最中に俺は幾度となくリュシアンから爵位授与を提案された。
だが、その度に断った。
もちろん貴族に対しての発言権などリュシアンの側近としての権利は有していた。
それでも自分は平民代表としてこの場にいたかった。
自分の父である先王を捕らえたあの日に見せたリュシアンの本当の姿は、平民だった自分だからこそみれたのだと、自負している。
独りよがりかもしれないがそんな想いを胸に抱いていた。
そして平民たちの希望でありたかったし、これからもそうでありたい。
それは、声を代弁する者であって、支配する者ではないという意味で。
あの日、土の匂いの中で始まった人生が、ここまで連れてきたのだった。
リュシアン政権の時代から百年後に建てられたヴァルモン宮殿。
そこの大広間の一角の絵画の中には、リュシアン政権を支えた人物たちが整列している。
中心にはリュシアン王、右側にはガスパール、そして左側にはソラが描かれている。
そしてその説明には、
“ソラは平民として王の側近として仕えた唯一の人物であり、財務大臣と文化大臣としてリュシアン政権には欠かせない人物”と記されている。
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