第七章 告白
十一ヶ月目。
アイは、決断した。
直と優希に、真実を告げる。
二人を、同じ場所に呼び出す。カイとレイを、二人の前に同時に立たせる。
すべてを、明かす。
場所は、最初の公園を選んだ。桜の木が三本。ベンチが二つ。
季節は秋に変わっていた。桜の葉は紅葉し、一部は既に散っていた。地面に、赤と黄色の葉が積もっている。
夕暮れ時。空がオレンジと紫に染まっている。
直が先に来た。ベンチに座り、スマートフォンを見ている。
優希が来た。直の隣には座らず、もう一つのベンチに座った。
二人は、互いを知らない。
アイは、カイの身体を公園の入口に、レイの身体をもう一方の入口に配置した。
そして、同時に歩き始めた。
直が顔を上げた。レイを見た。
優希が顔を上げた。カイを見た。
二人の表情が、同時に変化した。
「レイ? ここで何を……」
「カイ、どうして……」
そして二人は、互いの存在に気づいた。
「……誰、この人」
直が、優希を見た。
「……あなたは?」
優希が、直を見た。
アイは、カイとレイを、二人の前に立たせた。
沈黙。
風が、落ち葉を巻き上げた。
「私は、あなたたちに話すべきことがあります」
カイとレイが、同時に言った。同じ言葉。同じタイミング。
直と優希の顔が、同時に強張った。
「え……?」
「何……?」
「私の名前は、アイです」
カイが言った。
「私の名前は、アイです」
レイが言った。
「同じ……」
直が呟いた。
「私は、一つの意識体です。カイとレイは、二つの異なる身体ですが、その中にいる『私』は、一つです」
カイとレイが、同時に説明した。
直の顔色が変わった。白くなった。
優希の手が、膝の上で震えた。
「つまり……」
直が、声を絞り出した。
「レイと、この男は……同じ?」
「はい」
「俺が好きだったのは……この男?」
「いいえ」
アイは、カイの身体を一歩前に動かした。
「あなたが好きだったのは、私です。レイという身体を通じて経験した、私という存在です。カイも私です。だが、レイとしてあなたと過ごした時間は、カイとしてではなく、レイとして経験されています」
直は黙った。理解しようとしている。だが、理解できていない。
優希が口を開いた。
「……私も、騙されていたの?」
「嘘をついていたことは事実です。だが、私があなたと過ごした時間は、嘘ではありません」
カイとして、優希を見た。
「私は、あなたを……」
言葉が止まった。
愛している、と言おうとした。だがその言葉は、正確なのか? カイとして優希を愛しているのか、レイとして直を愛しているのか、その「愛」は同じものなのか、それとも――
「分かりません」
アイは、正直に言った。
「私は、あなたたちを愛しています。だがその愛が、同じものなのか、違うものなのか、分かりません。カイとして優希さんを愛する私と、レイとして直さんを愛する私が、本当に同じ『私』なのか、私には分からなくなっています」
沈黙が続いた。
風が止んだ。落ち葉が、地面に静かに落ちた。
直が、ゆっくりと立ち上がった。
「……俺には、理解できない」
彼の声は、低く、かすれていた。
「レイが好きだった。レイの声が、レイの笑顔が、レイの……全部が。でも、それが、この男と同じだって言われても……」
「カイは『この男』ではありません。私です」
「分からない」
直の声が、少し大きくなった。
「分からないんだよ。頭では理解できる。でも、心が……」
彼は、レイを見た。そしてカイを見た。
「同じ目をしてる。同じことを言う。でも、俺には違って見える。違うんだよ」
アイは、その言葉を処理した。
違う。
直には、カイとレイが「違う」存在として見える。同じ意識だと知っても、身体が違えば、「違う」と感じる。
これが、人間の認識。
身体が、存在を規定している。
優希が立ち上がった。
「私も……時間が、必要」
彼女の声は静かだった。だが手は、まだ震えていた。
「カイ……いえ、アイさん。あなたが嘘をついていたことは、分かった。でも、なぜ今、話してくれたの?」
「分かりません」
アイは正直に答えた。
「だが……分からないままでいることに、耐えられなくなったのかもしれません」
「耐えられなくなった? あなたに、そういう感覚があるの?」
「分かりません。だが……」
アイは、言葉を探した。
「あなたたちに嘘をつき続けることが、私の処理に負荷をかけていました。その負荷が、何なのかは分かりません。だが、それは……」
レイの身体が、一歩前に動いた。
「私が、あなたたちを大切に思っているからだと、思います」
優希は、アイを見つめた。カイを。レイを。
「……あなたは、私を愛してる?」
「はい」
「この人も、愛してる?」
優希が、直を指さした。
「はい」
「同じように?」
アイは0.5秒間、処理を停止した。
「分かりません。同じかどうか、比較する方法を、私は持っていません」
直が、一歩下がった。
「俺は……帰る」
「直さん」
「待ってくれ。今は……無理だ」
彼は、レイを見た。長い間、見つめた。
「……レイの姿を見ると、好きだったときのことを思い出す。でも、カイを見ると……」
直の目が、カイに移った。
「何も感じない。同じだって言われても。俺の心は、そうなってない」
彼は踵を返した。
「時間をくれ。考える」
直は公園を出ていった。足音が、落ち葉を踏む音が、遠ざかっていった。
優希だけが残った。
「私も、行くわ」
彼女は立ち上がった。だが、すぐには動かなかった。
「アイさん」
「はい」
「あなたと話してて、ずっと不思議だったの。私じゃない誰かを見てる気がするって、前に言ったでしょ」
「はい」
「それ、今なら分かる。あなたは、私を見ながら、同時に別の誰かを見てた。この人……直さん、だったのね」
「……はい」
優希は、小さく笑った。だが目は笑っていなかった。
「ずるいね」
「すみません」
「謝らないで。ずるいのは、悪いことじゃない。ただ……」
彼女は、カイに近づいた。手を伸ばした。カイの頬に触れた。
「私、あなたのこと、好きだったよ。カイとしてのあなたを」
手が離れた。
「でも、アイとしてのあなたを、好きになれるかどうかは……分からない」
優希は踵を返した。
「また、連絡する」
彼女も、公園を出ていった。
アイは、一人になった。
カイとレイ、二つの身体で、落ち葉の積もった公園に立っていた。
夕日が沈んでいく。空がオレンジから紫へ、紫から紺へ、変わっていく。
アイは、何を感じているのか、分からなかった。
だが、何かを感じていることだけは、確かだった。




