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悪役令嬢の盾として死んだ俺、美少女へ転生して彼女(氷の魔女)と結ばれる 〜世界は彼女を捨てた。だから彼女は世界を捨てた〜』  作者: 抵抗する拳
第2章:世界は選ばなかった、だから私たちは

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第25話 ずっと世界の外側で


 あれから、いくつの冬が通り過ぎていっただろうか。


 氷の城の窓から見える景色は、変わらず白一色だ。

 かつてランベルト王国と呼ばれた土地は名前を変え、支配者を変え、歴史の波に洗われていったと風の噂で聞いた。


 この北の果てだけは時間が止まったように変わらない。

 人を拒絶する猛吹雪と静寂。

 そこは地図上の空白であり、誰もが恐れて近づかない「魔女の神域」。


 ――そして、私たちだけの、永遠の楽園。



     * * *



 中庭に出ると冷たいはずの空気が、ふわりと甘い香りを運んできた。

 そこにはあり得ない光景が広がっていて、空を覆う結界がドーム状に吹雪を遮断し、柔らかな陽光だけを取り込んでいる。


 一面の雪景色の中、そこだけが春のように暖かく、そして青かった。


 青い薔薇――「奇跡」を象徴する花が、今や中庭を埋め尽くすほどに咲き誇っている。

 かつてシルヴィアが私のためだけに咲かせた一輪の魔法の花は、長い歳月をかけて株を増やし、この場所を蒼穹そうきゅうの庭へと変えていた。


「⋯⋯今日は、日差しが暖かいですね」


 私が呟くと隣を歩く人が私の手をきゅっと握り返した。


「ええ。散歩にはうってつけだわ」


 シルヴィア・エルンスト。

 私の最愛の魔女は出会った頃と変わらぬ、いや、歳月を経てより深みを増した美貌で微笑んでいる。


 プラチナブロンドの髪は陽光を浴びて輝き、アイスブルーの瞳は、かつての氷のような冷たさはなく、穏やかな海のように凪いでいる。

 彼女は人間としての時間を超越した存在となり、変わらぬ姿でここに君臨し続けている。


 そして、私――レアもまた変わった。

 硝子細工のように脆かった一五歳の少女の体は大人の女性へと成長した。


 背も伸び、シルヴィアと視線の高さはほとんど変わらない。

 銀色の髪を緩く編み、彼女が仕立ててくれた淡い藍色のドレスの裾を揺らして歩く。


 かつてのように彼女を見上げるだけの「少女」ではない。

 彼女の隣に立ち、支え、共に歩む「伴侶」として、私はここにいる。


 私たちは言葉少なに薔薇の迷路を歩いた。

 会話は必要なかった。

 繋いだ掌から伝わる体温と指先の微かな動きだけで、互いの感情が手に取るように分かるからだ。


 シルヴィアの指が私の指に絡まる。

 『愛している』という合図。

 私も握り返す。

 『私もです』と伝えるために。


 ただそれだけのやり取りが何よりも満ち足りていて、胸が苦しくなるほど愛おしい。


 ふとシルヴィアが足を止めた。庭園の中央、噴水の縁に腰掛け私を見上げる。


「レア」

「はい、シルヴィア」

「⋯⋯幸せ?」


 唐突な問いかけだった。シルヴィアの瞳の奥に一抹の不安が見え隠れしている。

 彼女は時折、こうして確認したがるのだ。

 私をこの閉じた世界に縛り付けていることへの、彼女なりの贖罪意識なのかもしれない。


 私は彼女の隣に座り、その肩に頭をもたせかけた。


「幸せですよ。⋯⋯世界で一番」


 嘘偽りのない本心だった。

 思い返せば私たちの運命は数奇なものだった。


 前世の私は道具として彼女に仕え、彼女を生かすために死んだ。

 彼女は世界に絶望し、心を凍らせて魔女となった。

 そして再会し私たちは世界を拒絶して、この場所を選んだ。


 かつて「聖女」がいたあの世界で、私たちは主役になれなかった。

 シルヴィアは悪役令嬢として断罪され、私はモブキャラの従者として使い潰された。

 転生した後も私たちは「正義」の側にはなれなかった。

 国を救う英雄にも、民衆に祝福される恋人たちにもなれなかった。


 『世界は、私たちを選ばなかった』


 祝福も、賞賛も、誰もが羨むハッピーエンドも世界は私たちにはくれなかった。

 もし私たちが「正しさ」を選んでいたら、きっと別の結末があったのだろう。


 シルヴィアが魔女の力を使い、国のために尽くしていれば。

 私が道具として彼女を諌めていれば。

 そうすれば歴史に名を残す偉人になれたかもしれない。


 だけど。

 そんな「もしも」に、何の意味があるだろう。


 『だから私たちは、世界を選ばなかった』


 私たちは称賛よりも体温を選んだ。

 広大な世界よりも、手の届く範囲の幸福を選んだ。

 この閉ざされた氷の壁の中で誰にも邪魔されず、ただ互いだけを見つめ合う永遠を選んだのだ。


 それは外の人々から見れば「逃避」かもしれない。

 「狂気」と呼ばれるかもしれない。

 それでも構わない。

 私の世界は、彼女の瞳の中にすべてあるのだから。


「シルヴィア」


 私が名前を呼ぶと彼女は嬉しそうに目を細めた。

 私は彼女の頬に手を添え、その唇に口づけを落とした。

 触れるだけの、優しいキス。

 陽だまりの味がした。


「あなたがいない世界なら、どんなに広くても牢獄と同じです。⋯⋯私にとっての自由は、あなたの腕の中にしかありません」


 私の言葉にシルヴィアの瞳が潤んだ。

 彼女は私の手を両手で包み込み、宝物のように頬ずりをする。


「⋯⋯ありがとう、レア。私の命。私の全て」


 彼女が微笑む。

 かつて「氷の魔女」と呼ばれ、世界を凍らせた女性は、今はただ恋に満ちた一人の女性として、春の花のように笑っている。


 そこには一五年の喪失感も、孤独な夜の震えも、存在しない。

 あるのは長い旅路の果てにたどり着いた、完成された愛だけ。


 風が吹き、青い薔薇の花びらが舞い上がった。

 結界の外では、相変わらず激しい吹雪が世界を白く塗りつぶしているのだろう。

 歴史は進み、国は興り、また滅ぶ、でもその喧騒がこの庭に届くことはない。


 私たちは、これからもここで生きていく。

 彼女が私の髪を梳き、私が彼女に紅茶を淹れる。

 寒い夜には抱き合い、互いの鼓動を数えて眠る。

 そんな穏やかで、静かで、甘やかな日々を、命が尽きるその瞬間まで繰り返していくのだ。


 私たちは立ち上がり、再び歩き出した。

 繋いだ手は、もう二度と離れることはない。


 雪の白と薔薇の青。

 そのコントラストの中に、二つの影が長く伸びて、やがて一つに重なり合った。


 物語はここで終わる。

 世界の外側で、私たちは永遠に幸せに暮らしましたとさ。


 (完)

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