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悪役令嬢の盾として死んだ俺、美少女へ転生して彼女(氷の魔女)と結ばれる 〜世界は彼女を捨てた。だから彼女は世界を捨てた〜』  作者: 抵抗する拳
第2章:世界は選ばなかった、だから私たちは

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第19話 レアの告白


 窓の外では世界が荒れ狂っていた。

 城の結界を隔てた向こう側で、侵入者たちを迎撃する暴風雪が唸りを上げている。

 けれどシルヴィアの腕の中は、羊水の中にいるかのように静かで温かかった。


 シルヴィアはソファに深く腰掛け、レアを膝の上に乗せて抱きしめている。

 その指先がレアの銀髪を梳き背中を撫で時折、二の腕を愛おしげにさする。

 レアはその愛撫を受け入れながら、ドレスの胸元をギュッと握りしめていた。


(⋯⋯怖い)


 外の敵が怖いのではない。

 シルヴィアが傷つくことが怖いのでもない。彼女の強さはレア自身が一番よく知っている。信じると決めた以上、不安はなかった。


 レアが恐れていたのは自分自身の心の揺らぎ。

 一五年前、レン・アシュトンは死んだ。

 主を守り役割を全うして物語から退場したはずの存在。

 今の自分はその残りカスだ。死に損ないの影法師が少女の皮を被って生き延びているに過ぎない。


 だというのに、こんなにも満たされてしまっていいのだろうか。

 世界中が凍え、争っている時に自分だけがこの温かな箱庭で、彼女の愛を独占していいのだろうか。


 ふとした瞬間に思うのだ。これはレンが死に際に見ている妄想で、この幸せは全て偽物なんじゃないかと。


 その夢が、魔法が解けて消えてしまわないか、レアはたまらなく怖い。


「⋯⋯また、そんな顔をする」


 不意に、頭上から溜息交じりの声が降ってきた。

 レアが顔を上げるとシルヴィアが悲しげな瞳でこちらを見つめていた。


「どうして、そうやって怯えるの? まるで、ここにいることが罪だとでも言うように」

「⋯⋯罪、なのかもしれません」


 レアは震える声で答えた。


「私は死んだ人間です。本来ならここにいるはずのない存在です。そんな私が、あなたの隣という特等席に座って、こんなにも幸せを感じてしまうなんて⋯⋯それは、何か大切なものを盗んでいるような気がして」


 言葉にすると胸のつかえが少しだけ取れた気がした。同時に自己嫌悪が押し寄せる。

 こんなことを言えばシルヴィアを悲しませると分かっているのに。


 だがシルヴィアは怒らなかった。

 彼女はレアの頬を両手で包み込み真正面からその瞳を覗き込んだ。


「盗んでなんかいないわ。私が与えているの。私が望んで、お前に全てを捧げているのよ」

「ですが、私にはそれに見合う価値が⋯⋯」

「価値なんて、誰が決めるの?」


 シルヴィアの親指が、レアの涙袋を優しくなぞる。


「世界が決めるの? 神様が決めるの? ⋯⋯いいえ、違うわ。この私が決めるのよ」


 その声は魔女の呪文のように力強く、そして母の愛のように優しかった。


「お前が自分をどう思っていようと関係ない。お前が自分を無価値だと卑下しても、私はそれを許さない。⋯⋯怖がらなくていいの、レア。ただ受け入れてくれるだけでいい」


 シルヴィアはレアの額に自分の額を押し当てた。

 熱が伝わる。

 一五年間、凍りついていた彼女の心が今はこんなにも熱く脈打っている。


「あなたが自分を認められるようになるまで、私が何度でも言ってあげる。あなたが降参するまで、私が貴女に愛を捧げ続けるわ。⋯⋯だから、諦めて幸せになりなさい」


 諦めて、幸せになれ。

 そんな乱暴で優しい言葉があるだろうか。


 レアの視界が、涙で滲んだ。

 ダムが決壊するように堰き止めていた感情が溢れ出す。


 「道具」としての矜持、「影」としての遠慮、「元男性」としての残滓。

 それらで作っていた硬い殻が彼女の熱によって溶かされ、砕け散っていく音が聞こえた。


(ああ⋯⋯もう、無理だ)


 これ以上、自分を偽ることはできない。

 彼女の愛から逃げることも、自分の心に嘘をつくことも、もう限界だった。


 レアは、シルヴィアの豊かな胸に顔を埋めた。

 ドレス越しに聞こえる心臓の音。トクトクと、レアの名前を呼ぶように響く鼓動。

 その音に導かれるように、レアは口を開いた。


「⋯⋯本当は、気づいていました」


 嗚咽混じりの、小さな声。

 シルヴィアは何も言わず、ただレアの背中を撫で続ける。


「あなたが私に向ける目が、ただの執着以上のものだということに。⋯⋯一五年前、主従だった頃から、あなたが私を求めてくれていたことに、薄々気づいていました」


 それはレンだった頃の懺悔。

 彼女の好意を知りながら「立場」を盾にして見ないふりをしていた臆病な自分の告白。


「でも、怖かった。私にはそれを受け取る資格がないと思っていました。いえ⋯⋯受け取る覚悟がなかった」


 レアはシルヴィアの服をぎゅっと握りしめた。


「私の人生はずっと影でしたから。光であるあなたを汚してしまうのが怖かった。私の愛などが、あなたの足かせになるのが怖かった。だから、死んで逃げたのです」


 愛していなかったわけがない。

 愛しすぎていたからこそ、対等になることを恐れ、一方的な献身という安全地帯に逃げ込んだ。

 その結果が彼女を一人残して狂わせるという最悪の結末だった。


「⋯⋯もう、今は違います」


 レアは顔を上げた。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔。

 けれど、その琥珀色の瞳にはかつての迷いが綺麗さっぱりなくなっていた。


「役に立つからじゃありません。あなたの役に立てなくても、守れなくても、ただの無力な少女でも⋯⋯」


 息を吸い込む。

 魂の底から言葉を汲み上げる。


「ただ⋯⋯あなたの隣にいたいから。あなたをお慕いしているから、ここにいたい。それが私の本心です」


 シルヴィアの瞳が大きく見開かれる。

 その揺れる瞳に自分の情けない顔が映っている。

 でも、レアは言葉を止めなかった。


「道具としてではなく、一人の人間として⋯⋯いいえ」


 レアは一瞬だけ言葉に詰まり、そして頬を朱に染めて一番伝えたかった言葉を紡いだ。


「一人の『恋する男』として、あなたのことが⋯⋯ずっと、ずっと大好きでした」


 言ってしまった。

 認めてしまった。

 それは、かつての忠誠心という名の蓋を外した中にある、純粋で、情熱的で、そして甘く疼くような恋心。

 レンとしての記憶とレアとしての身体が、一つの感情で完全に融合した瞬間だった。


 部屋の中に沈黙が落ちた。

 外の吹雪の音さえ遠ざかるような、真空の静寂。


 シルヴィアは時が止まったように動かなかった。

 ただその瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていく。

 悲しみの涙ではない。

 一五年の渇きを癒やす、宝石のような涙だ。


「⋯⋯あ⋯⋯あぁ⋯⋯」


 シルヴィアの唇が震え、言葉にならない吐息が漏れる。

 彼女は信じられないものを見るように、震える指先でレアの目元を拭った。


「もう一度⋯⋯もう一度、言って」


 縋るような声。


「大好きです、シルヴィア様。⋯⋯愛しています」


 レアが繰り返すと、シルヴィアの顔がくしゃりと歪んだ。

 彼女はレアを力任せに抱きしめ、その肩に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくった。


「う、ぁ⋯⋯あぁぁ⋯⋯ッ!」


 魔女の慟哭。

 だけどそれは絶望の叫びではなく、歓喜の産声だった。


 レアもまた彼女の背中に腕を回し、強く抱き締め返した。

 もう、ためらいはない。

 この温もりは借り物ではない。

 自分自身の意志で選び、勝ち取ったものだ。


 二人の影が、ソファの上で一つに溶け合う。

 窓の外では、王国の愚かな軍勢が吹雪に飲まれて消えようとしている。

 しかし、そんな世界の終末など今の二人には何の意味も持たなかった。


 ただ互いの鼓動が重なる音だけが、この世界の真実だった。

 一五年の時を経て、ようやく二人の想いは正しい形でお互いの心に届いたのだった。

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