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悪役令嬢の盾として死んだ俺、美少女へ転生して彼女(氷の魔女)と結ばれる 〜世界は彼女を捨てた。だから彼女は世界を捨てた〜』  作者: 抵抗する拳
第2章:世界は選ばなかった、だから私たちは

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第16話 魔女の弱点


 ランベルト王国の王都は、死に体の巨獣のように横たわっていた。

 かつて栄華を極めた石造りの街並みは、今や分厚い氷雪の下に埋もれている。

 路地裏には凍死体が転がり、生き残った民はわずかな食料を求めて争うか、あるいは虚ろな目で「聖女様」への救いを祈るしか術を持たない。


 しかし、王城の奥深くにある作戦会議室だけは魔法による暖房が効き、贅沢な暖かさに満ちていた。

 豪奢な長テーブルを囲むのは、この国の舵取りを担う高官たち。

 そして上座には豪奢な軍服に身を包んだ王太子シリルと、その隣に座る聖女リナの姿があった。


「――して、バルダー子爵。北の交渉はどうなった?」


 シリルの問いかけにテーブルの末席で縮こまっていた男が、弾かれたように顔を上げた。

 バルダー子爵。

 数日前、北の地から命からがら逃げ帰ってきた彼は頬が痩せこけ、目の下に濃い隈を作っていたが、その瞳には奇妙な熱狂と狡猾な光が宿っている。


「は、はい! 殿下、ご報告申し上げます! あの『氷の魔女』シルヴィアとの交渉は⋯⋯残念ながら決裂いたしました」

「ふん。やはりな。あの女に話が通じるとは思っていない」


 シリルは不愉快そうに鼻を鳴らし、ワイングラスを揺らした。

 彼の認識では国の困窮はすべてシルヴィアの呪いのせいであり、自分たちの失政などとは微塵も思っていなかった。


「ですが殿下! 私は手ぶらで帰ってきたわけではございません! 魔女の城に潜入し、ある重大な『弱点』を見つけ出したのです!」


 バルダー子爵は声を張り上げた。

 彼が氷の城で体験した真実は一人の少女に腕をねじ上げられ、ゴミのように放り出されたという屈辱的なものだ。


 当然、プライドの高い彼がそれを正直に報告するはずがない。彼は自分の失態を隠蔽し、あまつさえ功績にすり替えるための物語を捏造していた。


「弱点だと?」

「はい。魔女は、一人の銀髪の少女を囲っておりました。⋯⋯それはもう、異常な執着ぶりでございます」


 子爵は口角泡を飛ばし身ぶり手ぶりを交えて熱弁した。


「あれはただのペットではありません! 魔女の魔力供給源か、あるいは精神安定のための『楔』に違いないと確信しております! あのような小娘一人にうつつを抜かすなど、魔女も焼きが回った証拠!」


 子爵の言葉に会議室がざわめいた。

 シリルも興味深そうに身を乗り出し思案する。


「ほう⋯⋯。あの冷血なシルヴィアが、特定の個人に執着していると?」

「間違いございません。少女を少し罵っただけで魔女は顔色を変えて激昂しました。⋯⋯つまり、その少女こそが無敵の魔女に残された唯一のアキレス腱なのです!」


 シリルは顎に手を当て、口元を歪めた。

 それは獲物を見つけた猛禽のような、残酷で浅はかな笑みだった。


「なるほどな。愛などという不確かな感情に囚われるとは、魔女も堕ちたものだ」


 シリルは嘲笑うように言った。

 彼にとって他者への執着は弱さでしかない。

 隣に座る聖女リナのことも、その実「便利なアクセサリー」程度にしか思っていないのだから、シルヴィアの感情など理解できるはずもなかった。


「ならば話は早い。その少女を奪えばいい」

「おぉ!」

「魔女を直接、相手取るのはこちらも負担が激しい、だが少女一人を拉致することなど我が騎士団にとって造作もないことだ」


 シリルはテーブルの上に広げられた地図に、ナイフを突き立てた。

 その切っ先は北の地を示している。


「少女を人質に取れば魔女は手出しできまい。少女の命と引き換えに冬を終わらせるよう命令すればいいのだ。あるいは魔女の力を封じて、この私が断罪してやるのも一興か」


 シリルの脳内では、すでに勝利のファンファーレが鳴り響いていた。

 正義の王太子が人質に取られた悲劇の少女を救い出し、悪逆非道な魔女を討ち倒して国に春を取り戻す。


 完璧なシナリオだ。

 一五年前、自分が婚約者を断罪して追放したことが間違いだったとは、彼は決して認めない。今回こそが正真正銘のハッピーエンドになるはずだと信じて疑わなかった。


「素晴らしいお考えです、殿下!」

「さすがは王太子殿下、慈悲深きご判断!」

「いやはや、王国は安泰ですな!」


 周囲の高官たちが、揉み手をしながら賛辞を送る。

 彼らもまた自分たちの保身しか頭にない。誰かが魔女をどうにかしてくれるなら、手段などどうでもよかったのだ。


 その狂騒の中で一人だけ沈黙を守る者がいた。

 聖女リナだ。

 かつては天真爛漫な笑顔で学園のアイドルだった彼女だが、今の彼女からは生気が抜け落ちていた。

 ピンク色の髪は艶を失い、焦点の定まらない瞳で虚空を見つめている。


(⋯⋯違う。そんな上手くいくはずがない)


 リナは心の中で、乾いた独白を繰り返していた。


(こんなシナリオ、知らない。ここは乙女ゲームの世界のはずでしょう? 私がヒロインで、シリル様と結ばれて、幸せなエンディングを迎えるはずだったのに⋯⋯)


 彼女は転生者だった。

 前世の知識を使い、上手く立ち回ってヒロインの座を射止めたはずだった。

 邪魔な悪役令嬢シルヴィアを追い出した時までは、すべてが順調だった。


 だというのに、そこから歯車が狂った。

 政治なんて分からない。経済なんて知らない。


 「聖女の祈り」というスキルを使えば、みんなが笑顔になって思い通りに上手くいく、自分はただ、その幸せを享受し続けられる――そう思ってやってきた。


 現実は違った。

 どれだけ祈っても腹は膨れないし雪も溶けない。

 シリルは無能で浪費家で責任転嫁ばかりする顔だけが良い、最低の男だった。

 ゲーム画面越しに見えていたキラキラした王子様は、ただの張りぼてだったのだ。


(どこで間違えたの? どうしてバッドエンドルートに入っているの? ⋯⋯いいえ、もう無理よ。こんなの詰んでるわ)


 リナはシリルの暴走を止める気力すらなかった。

 彼が今からしようとしていることが虎の尾を踏むとともに、王国の死期を早める行為だとなんとなく理解していたが、口を挟む気にもなれない。


「リナ。君も賛成だろう?」


 不意にシリルに話を振られ、リナはビクリと肩を震わせた。

 彼女は引きつった愛想笑いを浮かべ、機械的に頷いた。


「⋯⋯ええ。シリル様のお心のままに」


 もう、どうにでもなればいい。

 この寒くてひもじい世界が終わるなら、破滅でも何でも構わない。

 それが、かつての「正ヒロイン」の成れの果てだった。


「決まりだ!」


 シリルが立ち上がり、高らかに宣言する。


「直ちに『聖騎士団』を結成せよ! 我が国の精鋭を集め、北へ進軍する! 目的は少女の確保、および魔女の討伐である!」


 おおお、と歓声が上がる。

 しかし、それは希望の雄叫びではない。

 断崖絶壁に向かって行進を始める、愚者たちの葬送曲だった。


 彼らは知らない。

 バルダー子爵が「弱点」だと報告した少女こそが、魔女にとっての「逆鱗」そのものであることを。

 それに触れようとすることが、魔女という災害を制御するどころか、完全なる破滅の引き金を引く行為であることを。


 窓の外、王都の空は重く垂れ込め、止むことのない雪が降り続いていた。

 それはまるで、これから訪れる王国の最期を弔う、白い経帷子きょうかたびらのように見えた。

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