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悪役令嬢の盾として死んだ俺、美少女へ転生して彼女(氷の魔女)と結ばれる 〜世界は彼女を捨てた。だから彼女は世界を捨てた〜』  作者: 抵抗する拳
第1章:氷の城の再会と青い薔薇の幸福論

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第14話 「道具」の否定 「貴女」の肯定


 嵐が去った後のサロンには芳醇な紅茶の香りが漂っていた。

 王国の使者を追い返し静寂を取り戻した氷の城。

 シルヴィアは上機嫌でソファに座り、レアが淹れた紅茶を楽しんでいた。


 一方、給仕をするレアの心は主とは対照的に冷えていた。

 アドレナリンが引き、冷静さが戻ってくるにつれ、先ほどの自分の行動への後悔が波のように押し寄せてきていたのだ。


(⋯⋯やってしまった)


 レアは震えそうになる手を必死に抑え、空になったティーカップに二杯目を注いだ。

 さきほど自分はシルヴィアを守るために動いた。それはいい、従者としての本能が残っている証、問題はその「やり方」だ。

 主人の命令も待たず自分の判断で前に出た。あまつさえ、一応の使者に暴力という野蛮な手段を用いて解決してしまった。


 ともすれば主人の顔に泥を塗る行為、道具は意思を持つべきではない。

 意思を持った道具は、いつか持ち主に()()()()()()()()()()「不良品」だと前世の自分がそう戒めていたはずなのに、今の自分はどうだ。感情に任せて動きシルヴィアに「ありがとう」と言わせてしまった。

 それは従者としての領分を超えているのではないか。


(調子に乗ってはいけない。私はレンではない。今の私は、ただの⋯⋯)


 カチャン。

 ソーサーにカップを置く音が、静寂の中で不自然に大きく響いた。

 レアの思考が中断される。

 顔を上げると、シルヴィアがカップを口に運ぶのをやめ、じっとこちらを見つめていた。

 そのアイスブルーの瞳から、先ほどまでの浮かれた色が消えている。


「⋯⋯レア。どうしてそんな顔をしているの?」


 シルヴィアの声は静かだったが、そこには隠しきれない苛立ちが混じっていた。

 彼女はレアの心の機微に恐ろしいほど敏感だ。


「いえ、滅相もございません。魔女様とのティータイムを楽しんでおりました」

「嘘をおっしゃい」


 シルヴィアがカップをサイドテーブルに置く。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、レアの前に立った。


「お前はここに来てから息をするように自分を殺している。⋯⋯何を考えているの? 言ってみなさい」


 逃げ場はない。

 レアは観念し、その場に膝をついて頭を垂れた。

 これが一番落ち着く姿勢だった。やり慣れた道具としての姿勢、罪人が裁きを待つ姿勢。


「⋯⋯申し訳ありません。先ほどの私の振る舞いは、やはり従者としてあるまじき越権行為だったと⋯⋯。道具が主人の意を汲まず、勝手に動くなど⋯⋯本来ならば処罰されるべき失態だと自省を⋯⋯」

「処罰?」

「はい。どうか罰をお与えください。二度とこのような『不良品』のような真似をしないよう、私の身に教えて⋯⋯」


 言葉の途中だった。

 レアの視界が、ぐらりと揺れた。


「――ッ」


 シルヴィアがしゃがみ込み、レアの顎を指先で強く掴んで、強引に上を向かせたのだ。

 至近距離――シルヴィアの顔がそこにあった。

 美しい顔だ。と場違いにも考えてしまうが、その瞳は凍りつくような怒りで燃えている。

 一五年前、レンが死を選んだ時と同じ悲痛な怒りの色。


「⋯⋯もう、またその言葉」


 シルヴィアの指がレアの顎に食い込む。痛いほどに。


「道具? 不良品? ⋯⋯お前はいつまで、自分をそんなつまらない言葉で貶めれば気が済むというの」

「ですが事実です。私は生贄としてここに来ました。魔女様の役に立つこと以外に、私の存在価値など⋯⋯」

「黙りなさいッ!!」


 シルヴィアの叫びが、レアの言葉を遮った。

 魔力が爆発し、部屋の窓ガラスが一斉にひび割れる音がした。

 レアは身を竦ませた。

 殺される、と思ったわけではない。

 シルヴィアが泣き出しそうな顔をしていたからだ。怒っているのに、今にも崩れ落ちそうなほど傷ついている。


「違う⋯⋯違うわ、そんなんじゃない⋯⋯!」


 シルヴィアはレアの顎から手を離し、代わりにその両頬を包み込んだ。

 熱い掌。

 彼女は額をレアの額に押し付け、震える声で囁いた。


「どうして分からないの。私はお前を、便利な道具だから傍に置いているわけじゃない」


 彼女の吐息がレアの唇にかかる。


「お前が『レン』の記憶を持っていることは知っている。魂が同じだということも、紅茶の味も、その献身も、すべて彼と同じだということも、全部分かっているわ」


 レアの心臓が止まりそうになった。

 初めて、言葉にして突きつけられた真実。

 やはり、全てお見通しだった。

 レアが口を開こうとするより早く、シルヴィアは言葉を重ねた。


「でもね、そんなことはどうだっていいの」

「⋯⋯え?」

「過去の亡霊がどうとか、前世がどうとか、そんな理屈はどうでもいい。私が今、愛しくてたまらないのは⋯⋯目の前にいる不器用で、強がりで、怖がりな『お前』なのよ」


 シルヴィアの瞳が、レアの瞳の奥底を射抜く。

 そこには一ミリの迷いもなかった。


「道具でもない。生贄でもない。身代わりでもない。⋯⋯お前は、私の『レア』だ」


 名前を呼ばれた瞬間、レアの体の中に電流が走ったような気がした。

 レンとして生きた数十年間、レアとして生きた一五年。

 その全てをひっくるめて、肯定されたような感覚。

 「役立つかどうか」ではなく「そこにいること」を許されたような響き。


「あ⋯⋯」

「改めて刻みつけなさい。もう二度と、私のために傷つくことは許さない。私のために死ぬことも、私のために自分を殺すことも禁ずる」


 それは魔女としての絶対命令ギアスだった。

 かつてレンを縛っていた「主人のために道具として命を捧げる」という呪いを、上書きして塗りつぶす、新しい呪い。


「お前の役目は、私の隣で幸せになることだけだ。美味しいものを食べ、暖かな服を着て、私に愛されて⋯⋯ただ笑っていることだけがお前の義務よ」


 シルヴィアの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「だから⋯⋯お願い。もう自分を捨てないで。お前が自分を傷つけるたびに、私の心がどれだけ血を流すか、どうか分かって⋯⋯」


 最後は懇願だった。

 世界最強の魔女が、無力な少女の前で弱さをさらけ出していた。

 

 レアは呆然としていた。

 幸せになることが義務?

 ただ愛されることが役目?

 そんなこと、これまでの前世も含めて一度だって考えたことがなかった。

 自分は誰かのために消費される燃料で、燃え尽きて灰になるのが美しい生き方だと信じていた。

 そうでなければ自分の存在など無意味だと思っていた。


 けれど。

 目の前で泣いている彼女は、そんな「灰」になることを拒絶している。

 私が幸せでないと彼女自身が幸せになれないと言う。


 パリン、と。

 レアの心の中で硬い殻が割れる音がした。

 それは「自己犠牲」という名の長年、身に纏ってきた鎧が砕け散る音だった。


「⋯⋯魔女、様」


 レアの目からも自然と涙が溢れていた。

 悲しくはない。痛くもない。

 ただ、胸の奥が熱くて、満たされて、どうしようもなく苦しい。


「私は⋯⋯ここにいて、いいのでしょうか。何もできなくても、ただの足手まといでも⋯⋯あなたの隣に」

「馬鹿な子。⋯⋯それが私の望みだと言ったでしょう」


 シルヴィアは泣き笑いのような表情で、レアの唇に口づけを落とした。

 甘く、優しく、そして深い口づけ。

 そこには、かつての主従関係のような上下の隔たりはなかった。

 ただ、互いを求め合う魂と魂が溶け合うような熱だけがあった。


「はい⋯⋯はい、シルヴィア様」


 レアは、シルヴィアの背中に腕を回し、しがみついた。

 初めて、自分から求めた温もりだった。

 道具としてではなく、一人の人間として。

 あるいは、恋をする一人の少女として。


 窓の外の吹雪は、まだ止まない。

 それでも、この部屋の中に満ちる空気は春の日差しよりも温かく、二人の凍えた時間を溶かし始めていた。

 

 呪いであり、祝福であるその言葉を胸に、レアは初めて「自分のための生」を歩み始める覚悟を決めたのだった。

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