スカートで国民的討論番組に出る羽目になった件
テレビって、怖い。
最近それを、骨身にしみて実感している。
朝、登校前のリビング。
ニュース番組のワイドショー枠で、またしても俺の名前が出ていた。
『次の特集は、今話題の“男の娘ソフトパワー”! かわいすぎる男子校生・桐島マコさんと、そのお父様である内務戦略大臣・桐島剛政さんの親子関係に迫ります!』
「迫らなくていい!!」
思わずテレビに向かってツッコむ。
画面の端には、例のワンピース姿やら、スカートで通学しているところやら、いろんな俺がコラージュされている。
『#マスラオのマコちゃん』『#スカートで男道』『#男の娘外交の新星』
勝手にタグがついて、勝手に国の未来を背負わされている感がすごい。
「……真」
背後から、低い声がした。
振り返ると、父さんが立っていた。
スーツにネクタイ、完全に「大臣モード」の格好。
「今日の放送の件だが」
「うん」
嫌な予感しかしないやつだ。
「番組から、出演依頼が来ている」
「……俺に?」
「お前と、私にだ」
父さんは、テーブルに一枚の紙を置いた。
『国民的討論番組「今夜も徹底検証!ニッポンのこれから」ご出演のお願い』
番組タイトルからして、胃が痛くなりそうだ。
「テーマは“ソフトパワーと日本の未来”。
その一環として、“男の娘外交”や“女装科教育”についても議論するらしい」
「……そこに、“かわいすぎる新入生”として俺も呼ばれるわけね」
「そういうことだ」
父さんは、腕を組んだ。
「断ることもできる。だが――」
「“逃げるのか?”って顔してる」
「そういうつもりはない」
ある。
「お前が本気で女装科の道を選ぶというなら、いずれこういう場からは逃れられん。世間に問われることになる」
その言い方は、政治家というより、父親としての覚悟に聞こえた。
「……出る」
気付いたら、口が勝手に答えていた。
「俺、出るよ」
「軽々しく決めるな。これはバラエティではない。国の行く末を語る場だ」
「わかってる」
本当は、そこまでわかってない。
でも、逃げたくない気持ちのほうが強かった。
「それに――」
テレビ画面の中の自分をちらりと見る。
スカートで笑っている自分。
その姿に、「悪くない」と思える自分がいる。
「父さんに、ちゃんと話したいこともあるし」
「家で話せ」
「家の中だけじゃ、届かないこともあるでしょ」
父さんが、わずかに目を細めた。
「……勝手にしろ」
そう言い残し、父さんは玄関へ向かっていった。
「送迎車が来る。お前も支度しろ。収録は放課後だ」
玄関の扉が閉まる音を聞きながら、俺は大きく息を吐いた。
(――やるって言っちゃったな)
また一つ、自分で自分の逃げ道を塞いだ気がした。
◇ ◇ ◇
学校に着くと、すでに噂は広まっていた。
「マコちゃん、今夜テレビ出るってホント!?」
「全国ネットだって!」「“国と息子とスカート”特集らしいよ」
「タイトルなんとかならなかったの!?」
ホームルーム前の教室は、いつにも増して騒がしい。
「はいはーい、静かにしなさい。尊死する前に授業始めるわよ〜」
百合ヶ咲先生が、テンション高いのか低いのかわからない声で教室に入ってきた。
「まず、今日の大事なお知らせ。マコちゃん、今夜テレビ出ます」
「先生が一番盛り上がってる!」
「国民的討論番組とか、先生リアルタイム視聴確定ですからね? 実況タグ“#マスラオ女装科で徹底検証”作っとかなきゃ」
「やめて、余計なタグ増やさないで!」
星羅やミカドたちが、わいわいとスマホをいじりながら盛り上がる。
そんな中、小野寺が、めずらしく真顔で手を挙げた。
「先生。マコちゃんに、メディア対策講座したほうがよくないですか」
「さすが小野寺、現実的〜」
先生は、うんうんとうなずいた。
「というわけで、一時間目は急遽“国民的討論番組出演者のための実践スピーチ術”に変更です」
「カリキュラムの自由度が高すぎるこの学校!」
◇ ◇ ◇
黒板には、大きくこう書かれた。
『1.何を聞かれても、まず主張を一つだけ言う』
『2.エピソードは短く、オチをつける』
『3.ガチで怒らない。けどヘラヘラもしない』
「テレビ討論ってねえ、情報を詰め込む場所じゃないの。キャラと一言で印象残したもん勝ちだから」
「身もふたもないこと言った!」
「だからマコちゃんは、“スカートで男道”って軸からブレないように話せばいいの」
「軸そこなんだ……」
「あと大事なのが、“父親批判になりすぎないこと”。あくまで“価値観の違い”として語るの。個人攻撃すると、視聴者がドン引きして“反抗期息子”扱いされかねないから」
妙に具体的なアドバイスが飛んでくる。
「でも、言いたいことは言いなさい。じゃないと、あとで“あのとき言えなかった”って一生引きずるから」
その一言だけ、やけに重かった。
「……はい」
ノートに「スカートで男道」「父さん批判しない」「でもビビらない」と書き込む。
そこへ、教室の扉がノックされた。
「失礼する」
スーツ姿の男性が顔を出す。
「朱雀院です」
「お父様!?」
教室が、一瞬で静まり返った。
入ってきたのは、朱雀院玲央の父――朱雀院グループ会長にして、「男の娘外交推進議連」顧問でもある大物だ。
テレビで何度か見た顔。
「本日は学校側と少々打ち合わせがありましてな。その前に、息子のクラスの様子を拝見させていただこうと」
柔らかな笑みを浮かべながら、教室を見回す。
その目が、俺のところで止まった。
「君が……桐島君か」
「は、はい」
「噂はかねがね。剛政君のところのご子息が、我が朱雀院ブランドとコラボしてくださるとは、光栄ですな」
「コラボって言い方やめて!? 俺、人間コラボ商品じゃないです!」
内心ツッコミを入れつつも、口から出てきたのは無難な言葉だった。
「あ、あの、こちらこそ、お世話になっております」
「今夜の番組、期待していますよ」
朱雀院会長は、笑みを崩さずに続ける。
「“男の娘外交”の旗印として、若い世代がどう語るのか。剛政君も、きっと本音を引き出されるでしょう」
その目は、どこか楽しんでいるようにも見えた。
(……もしかしてこの人、純粋にコンテンツとして楽しんでる?)
そんなことを思っていると。
「父さん、もういいでしょ」
玲央が、さすがに眉をひそめた。
「ここは学校。仕事の話は会議室で」
「そうだな。では、後ほど」
朱雀院会長は、軽く会釈して教室を出て行った。
その背中を見送りながら、玲央が小さくため息をつく。
「……悪いね。うちの親、何でも“企画”目線で見ちゃうから」
「うちの父さんも似たようなものですよ。“国益”目線でしか見てない時ありますし」
「大人ってみんな、何かしら“看板”背負ってるからね」
玲央は、ちらりと俺を見る。
「今夜、無理して“完璧なアイコン”演じようとしなくていいから」
「はい」
「“桐島真としての言葉”を、ちゃんと出したほうが、きっと伝わる」
その言葉は、スピーチ術の教科書よりずっと心強かった。
◇ ◇ ◇
放課後。
都内某所のテレビ局スタジオ。
楽屋の鏡の前で、俺はスカートの裾を整えていた。
今日の衣装は、学校の女子制服バージョンに近い、ブレザー&スカートのセット。
「大臣の息子&女装科特待生」という肩書きを考えると、ギリギリ攻めつつも無難なラインらしい。
「マコちゃん、緊張してる〜?」
スマホ片手にミカドが顔を出す。
「ちゃんと観覧席確保したから! 星羅も小野寺も隼人も一緒にいるよ」
「なんで隼人までいるんだよ」
「“真が変なこと言ったら竹刀で正す”って言ってた」
「スタジオに竹刀持ち込むな!!」
半分冗談、半分本気っぽいのが怖い。
ノックの音と共に、スタッフさんが顔を出した。
「桐島様、間もなく本番でーす」
「はい」
深呼吸を一つ。
楽屋を出ると、廊下の向こうからスーツ姿の父さんが歩いてきた。
「……その格好でも、背筋は伸びているな」
開口一番、それだった。
「誉めてる?」
「評価しているだけだ」
父さんは、ネクタイを軽く直した。
「お前が何を言うか、私は止めない。ただし、私も私の立場で話す」
「わかってる」
「父親としてではなく、大臣としてだ」
「……じゃあ、俺は」
スカートを軽くつまんで、一礼する。
「“大臣の息子として”じゃなく、“桐島真として”話すよ」
父さんの眉が、ほんのわずかだけ動いた。
「……そうか」
それ以上、言葉は交わさなかった。
◇ ◇ ◇
セットの中央には、円形のテーブル。
その周りに、政治評論家、文化人、タレント枠の芸人さん、そして父さんと俺が座る。
スタジオの観覧席には、ちらほらとマスラオの制服が見える。
玲央もその中にいた。
ライトがまぶしい。
心臓の鼓動が、さっきからドラムロールみたいにうるさい。
『今夜のテーマは、“ソフトパワーとニッポンのこれから”!』
司会者の軽快な声が響く。
『その象徴として今、ネットで話題のこの方――私立マスラオ高等学校・女装科特待生、桐島マコさんです!』
カメラが寄ってくる。
「よ、よろしくお願いします……」
思わず、女の子っぽい声が出た。
『かわいい〜!』
観覧席から、素直な歓声が上がる。
『そして、そのお父様であり、ソフトパワー政策のキーマンでもある内務戦略大臣・桐島剛政さんです』
「よろしくお願いします」
父さんは、いつもの落ち着いた低い声で挨拶する。
番組は、まずVTRから始まった。
マスラオ高校・女装科の授業風景。
俺がメイク実習でぎゃあぎゃあ騒いでいる映像。
デート実習でパフェを食べているところまで抜かれていた。
「これ、どこから撮ってたんだ……」
スタジオの笑い声が、遠くに聞こえる。
VTRが終わると、司会者がこちらを向いた。
『マコさん。ご自分の姿がこうしてテレビで流れているのを見て、どうですか?』
「えっと……」
頭の中で、百合ヶ咲先生の板書が流れる。
『1.何を聞かれても、まず主張を一つだけ言う』
(主張、一つ。軸は――)
「……前の俺だったら、たぶん“やめてください”って思ってました」
一瞬、スタジオが静かになった。
「恥ずかしくて、“こんなの俺じゃない”って」
スカートの裾を、軽くつまむ。
「でも今は、ちょっとだけ“悪くないな”って思います」
司会者が、興味深そうに首をかしげた。
『どういうところが、“悪くない”んですか?』
「……楽しそうだから、ですかね」
画面の中の自分を思い出す。
「剣道やってたときとは違う楽しさだけど。スカートはいて、メイクして、友だちと笑ってる自分を見て、“あ、こいつ今、ちゃんと生きてるな”って」
観覧席のどこかから、小さく拍手が起きた。
司会者が、今度は父さんのほうを向く。
『大臣。ご子息が女装科を選ばれたことについて、率直にどう思われますか?』
「率直に言えば――驚きました」
父さんは、真正面を見据えたまま答える。
「私は、息子には“男らしく育ってほしい”と考えていました。武道科に通い、己を鍛え、将来は国を支える立場になってほしいと」
その言葉には、嘘はない。
俺も、それを疑ったことはなかった。
「しかし、息子は女装科に進んだ。……いまだに完全には理解していません」
隠さないその正直さに、スタジオがざわつく。
『反対、ではないんですか?』
「反対したい気持ちもあります」
父さんは、少しだけ息を吐いた。
「ただ、私は政治家として、“ソフトパワーは重要だ”と訴えてきた立場でもある。“男の娘外交”についても、一定の理解を示してきました」
朱雀院会長が、別の席で満足げにうなずいている。
「私が“国のためには良い”と言って推進してきた政策を、いざ自分の息子が担おうとしたときに、“息子にはしてほしくない”と言うのは、筋が通らんでしょう」
その言葉に、スタジオから「おお」という声が漏れた。
「だからこそ、今日ここで、本人の口から話を聞きたいと思っています」
父さんの視線が、初めて俺のほうを向いた。
『マコさん――いえ、真さん』
司会者が、少し真面目な顔になる。
『あなたにとって、“男らしさ”って何ですか?』
来た。
今日一番、聞かれると思っていた質問。
喉が、カラカラに乾く。
(――大丈夫。軸、一つ)
心の中で、竹刀を握るイメージをする。
足を踏み出す前の、あの一呼吸。
「……昔は、“泣かないこと”だと思ってました」
マイクの前で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「泣かない。弱音を吐かない。人前で取り乱さない。それが男らしさだって、父さんの背中見て、ずっと思ってて」
父さんが、わずかに目を見開いた。
「でも今は、ちょっと違うかなって思ってます」
スカートの裾をぎゅっと握る。
「怖いって思うことから逃げないのが、男らしさかなって」
『怖いこと?』
「自分を変えることとか。好きって言うこととか。スカートはいてテレビに出ることとか」
スタジオに、笑いが起きた。
「怖いです。正直、めちゃくちゃ怖いです。失敗したらどうしようとか、叩かれたらどうしようとか、大臣の息子なのにって言われたらどうしようとか」
胸の中に渦巻いている不安を、そのまま言葉に乗せる。
「でも、それでも“やりたい”って思った自分の気持ちから逃げたくない。……それも、男らしさの一つじゃないかなって」
観覧席から、今度ははっきりとした拍手が聞こえた。
司会者が、少し目を潤ませながら笑う。
『大臣。息子さんのこの言葉を聞いて、どうですか?』
「……」
父さんは、しばらく黙っていた。
いつもの討論番組なら、すぐに反論か補足を返すはずだ。
それが、今はない。
司会者が、フォローを入れる。
『“男らしさ”の定義を、次の世代が更新しようとしている、ということかもしれませんね』
「……そうかもしれません」
やっと、父さんが口を開いた。
「私の世代は、“国のため”“家のため”といった大きな枠の中で、自分の役割を果たすことを“男らしさ”だと信じてきました」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「しかし、彼の話を聞いていると――自分の“好き”を自分の言葉で語り、それを社会の中でどう生かすか考えることも、また一つの“男らしさ”なのかもしれない、と」
父さんの拳が、テーブルの下で握られているのがわかった。
「ただ」
父さんは、俺をまっすぐ見る。
「私は、彼の選択にまだ完全には賛成できません」
スタジオが、息を呑む。
「息子が女装をして全国放送に出ることに、戸惑いがないと言えば嘘になります」
その正直さが、逆に重い。
「だからこそ、これから三年間、私は彼の姿を見続けるつもりです」
父さんの声が、ほんの少しだけ震えた。
「途中で逃げ出すのか、本当に“男の娘外交”の旗印になるのか。……それで、最終的に判断したい」
俺は、自然と笑った。
「じゃあ、三年間の審査期間ってことですね」
「そうだ」
「わかりました」
マイクを握り直す。
「その間、俺も“父さんの背中”を審査します」
スタジオから、どっと笑いが起きた。
「俺がスカートで全力疾走してる間、父さんもちゃんと、時代の変化から逃げないかどうか」
父さんが、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
「……フェアじゃないな」
「フェアにいきましょうよ。親子なんだから」
司会者が、「いいですねえ、この親子」と楽しそうにまとめる。
政治評論家が、何か小難しいことを言っている。
番組は、予定調和ぎりぎり手前のところで、なんとか着地した。
◇ ◇ ◇
控室に戻ると、スマホが通知だらけになっていた。
SNSのタイムラインには、『#スカートで男道』『#桐島親子』などのタグが踊っている。
『“怖いけどやるのも男らしさ”って言葉、刺さった』『息子も父親も正直でよかった』『大臣の株、ちょっと上がった』
中には、『女装を美化しすぎだ』『伝統的価値観が壊される』といったコメントもある。
(……そりゃ、そうだよな)
全員に好かれるなんて、最初から無理だ。
でも、少なくとも「届いた」人がいるのも確かだった。
そんな画面を見ていると、一件のメッセージ通知が目に入った。
『玲央:おつかれ。かっこよかったよ。……可愛かったけど』
短い一文に、思わずニヤけそうになる。
『俺:どっちですか?』
と返すと、すぐに返信が来た。
『玲央:どっちも。そういうとこ、ズルい』
胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。
◇ ◇ ◇
局を出ると、夜風がスカートの裾を揺らした。
父さんと並んで歩くのは、なんだか不思議な感覚だった。
いつもは、スーツ姿の父さんと、制服の俺。
今日は、スーツ姿の父さんと、スカート姿の俺。
「……真」
しばらく沈黙が続いたあと、父さんが口を開いた。
「さっきの発言だが」
「うん」
「“怖いことから逃げないのが男らしさ”というのは、悪くない定義だと思う」
「お」
「ただし」
父さんは、わずかに笑う。
「テレビで父親に審査を宣言するのは、やりすぎだ」
「そこは、ちょっとノリで……」
「ノリで国会中継レベルのことを言うな」
つい、二人で笑ってしまう。
「……父さん」
「なんだ」
「さっき、“まだ賛成できない”って言ってたけど」
「ああ」
「“応援しない”とは言ってなかったよね」
父さんの足が、半歩だけ止まった。
「……言葉尻を取るな」
「政治家は言葉が命だから」
「生意気になったな」
そう言いながらも、父さんの声色はどこか柔らかかった。
「三年だ」
「うん」
「三年後、お前がどうなっているか。……そのときになったら、改めて“賛成かどうか”を答えよう」
それは、父さんなりの「審査予告」だったのかもしれない。
「じゃあ俺も、そのときもう一回聞くよ」
「何をだ」
「“父さん、俺のこと、男らしいと思う?”って」
父さんは、夜空を見上げた。
「……そのときまでに、私の“男らしさ”の定義も、少しはアップデートしておこう」
「期待してる」
そう言って笑うと、父さんはわずかに顔を背けた。
「寒い。早く車に乗るぞ」
「はいはい」
スカートの裾を押さえながら、父さんの後ろを歩く。
背中は、相変わらず大きい。
でも、その輪郭が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
――スカートで全国ネットに出て、父親と“男らしさ”を語る日が来るなんて、半年前の俺は思いもしなかっただろう。
俺の男道は、ついに国民的討論番組枠にまで進出してしまった。
次のステージは、学園祭の体育館。
竹刀とマイクとスカートを武器にして、まだまだこの道を走り続けるつもりだ。




