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俺の男道、スカートで始まりましたけど!?

 スカートって、こんなに風通し良かったっけ。


 四月。春。桜。花粉。ついでに俺の人生設計図も、舞い散り気味。


 私立マスラオ高等学校・講堂ステージのど真ん中で、俺はなぜかスカートをはいてマイクの前に立っている。


 胸元には「新入生代表 桐島真」と書かれたタスキ。

 腰元には「どこで人生間違えた」と書かれていそうな紺のプリーツスカート。


 ひゅう、と壇上を抜ける風。

 ふわっ、と舞い上がる裾。

 ざわっ、とどよめく会場。


 いや、ざわめくな。そこは黙って見守れ、日本の未来を担う同級生たち。


 俺の名前は桐島真。十五歳。

 この日本国の現職・内務戦略大臣、桐島剛政の長男にして、将来有望な「国を背負って立つ日本男児」になるはずだった男だ。


 ……だった、過去形。


 だって、どう見ても今の俺の職務、「国を背負って立つ」より「スカートを押さえて立つ」だ。


「……えー、本日は……その……」


 マイクに向かって口を開くが、声が裏返る。政治家の息子として、演説の血は受け継いだはずなのに、女装した瞬間、ボイスチェンジャーまで標準装備になったらしい。


 視線を客席に向ければ、体育会系っぽい詰襟の「漢」たちと、ふわふわリボンにフリルのスカートを履きこなした「……一応、漢?」たちが、こちらをガン見している。


 そう。ここは「私立マスラオ高等学校」。


 武道科、政治戦略科、防衛工学科――そして。


 女装科。


 よりにもよって、俺が在籍するのは最後のやつである。


 男らしさを磨く学校で、女装を学ぶ科。

 「益荒男」と書いてマスラオ、高らかに男らしさをうたっておきながら、カリキュラムには堂々と「女装科」。


 男らしさとは。国とは。教育とは。

 この国の教科書、どこからツッコめばいいんだろう。


 ――話は、一ヶ月前までさかのぼる。


 ◇ ◇ ◇


「真。お前もそろそろ、覚悟を決める時だ」


 その日、リビングでくつろいでいた俺に、父さんがいつもの低い声で切り出してきた。


 テレビでは、父さんが出演していた政治討論番組の再放送。

 画面の中の父さんは、きりっとしたスーツ姿で難しい顔をしている。

 画面の外の父さんは、ヨレヨレのジャージに湯呑み片手でせんべいをかじっている。


 ギャップがひどい。支持率は高いらしいけど、部屋着の品位はもう少し改革してほしい。


「覚悟って?」


「桐島家の男は代々、国を支えてきた。祖父は外務安全保障大臣、その父は防衛強化庁長官、そのまた父は――」


「うん、その話は家系図が巻物になるレベルで聞いた」


「つまりだな」


 父さんは、テーブルの上に一枚のパンフレットを置いた。


 表紙には、墨痕鮮やかな明朝体でこう書かれている。


 ――『私立マスラオ高等学校 入学案内』


「ここはエリート中のエリートが集う男子校だ。将来、政治家になるにせよ、官僚になるにせよ、武官になるにせよ、ここで三年間、男を磨く。それが桐島の伝統だ」


「……マスラオ、ね」


 男らしさ全開の校名に、少年心が少しだけ高鳴る。


 正直、俺も将来は父さんみたいに国を動かす男になりたいと思っている。思っていた。


 表紙をめくると、「武道科:武による抑止力を学ぶ」「政治戦略科:政の舵取りを学ぶ」「防衛工学科:技術で国を守る」と、いかにも硬派な文字列が並んでいる。


 そして、四つ目の項目。


「……女装科?」


 冊子を二度見、三度見、四度見。視線まで往復運動してきた。


『女装科:外柔内剛のソフトパワーを学ぶ』


「ソフトパワーって、そういう意味だっけ?」


「今の国際社会ではな、文化発信力も国力の一つだ。海外要人をも魅了する“男の娘外交官”など、時代の要請だろう」


 時代の要請、どこから届いたんだそれ。文化防衛庁の迷子センターか?


 父さんは咳払いをして続ける。


「もっとも、桐島家の伝統コースは昔から武道科だ。男は武を知り、己を律する。女装科など、我が家には――」


 その瞬間、父さんのスマホが震えた。

 画面には「総理」の文字。


「おお総理、はい、例の法案の件ですが――」


 父さんは即座に政治モードへ行ってしまった。

 残された俺とパンフレット。


 この隙に、俺の人生も勝手に進行していく。


 ページをめくると、願書のコピーが挟まっていた。


『第一志望科』

 □ 武道科

 □ 政治戦略科

 □ 防衛工学科

 □ 女装科


『第二志望科』

 □ 武道科

 □ 政治戦略科

 □ 防衛工学科

 □ 女装科


「……まあ、第一志望は武道科だよな」


 ペンを手に取り、迷いなく「武道科」にチェックを入れる。


 問題は第二志望だ。


(どうせ第一志望で受かるし、第二志望なんて飾りだよな)


 そう思った瞬間が、人生の分かれ道だったと、後でスカートを押さえながら痛感することになる。


「……女装科、か」


 ためしに女子制服のイラストが載ったページを見てみる。

 リボンにブレザー、スカート。モデルの男子生徒が、やたら自然に着こなしている。


 ――似合わないだろうな、俺には。


 そう思った次の瞬間。


「まあ、罰ゲームみたいなもんだし」


 ペン先が、つい、すべり込んでしまったのだ。


 カチッ。


 女装科のチェックボックスが、きれいに黒く塗りつぶされる。


「あ」


 小さな音だった。


 それでも、その一音で俺の将来に太いフラグが立った気がした。


 消しゴムを探す。が、リビングには見当たらない。


(自分の将来を消す道具が、こんな時に限って見つからない)


 立ち上がって自室に取りに行こうとしたところで――


「……はい、ではそのように」


 電話を切った父さんが、ふいに振り向いた。


「真。男は直感、そして決断だ。悩むな。お前が最初に選んだ科が、お前の進むべき道だ」


「え、いや、今のは直感というか、出来心というか――」


「“出来男児心”だろう」


「語呂悪いな!」


 父さんは、俺の手から願書をするっと奪い取り、満足げにうなずいた。


「ほう、第一志望・武道科、第二志望・女装科か。硬派と軟派の二刀流だな」


「軟派って認めたよね今!?」


「よし。男の決断は、訂正しない。それが信義だ」


 そう言って、父さんは願書を封筒に入れてしまった。


 消しゴムを取りに行く余地も、俺の将来に戻るボタンも、そこで消えた。


 ◇ ◇ ◇


 結果として。


 俺は武道科に、普通に合格した。

 同時に、女装科にも「特待生候補」として合格していた。


 合格通知が届いた日の夕方。


『武道科 合格通知』

 ――おめでとうございます。あなたは武道科に合格しました。


『女装科 特待生候補通知』

 ――あなたの「女装ポテンシャル」を高く評価し、女装科特待生候補として合格とします。


 どこを評価されたのか、ぜひ審査員講評を聞きたい。


 同封されていた保護者向け案内には、こう書かれていた。


『※特待生として入学される場合、学費免除等の優遇措置が適用されます。特待生は、学校代表として各種式典・広報活動等にご協力いただきます』


 父さんは「学費免除」の文字を見た瞬間、目が財務大臣モードになった。


「……学費、免除?」


「父さん、今、完全に“予算委員会”みたいな目してる」


「真。国を背負うにも、まず家計を安定させねばならん」


「いや、家計そこまで火の車なわけじゃないでしょ!? 大臣だよね!?」


「だが、税金は国民の血と汗だ。無駄遣いはできん。もしお前が特待生として入学すれば、我が家の教育コストは減少し、その分を将来の政治資金に――」


「俺の女装、政治資金の原資にしないで!?」


 父さんは真顔で続ける。


「それに、女装科はソフトパワーの最前線だ。お前がそこで頭角を現せば、将来の人脈形成にもなる。男はハードパワーだけでなく、ソフトも鍛える時代だ」


「ハードとソフトって言うと、なんかもう違う意味に聞こえるからやめて!?」


 結局、「家計と将来の国益とソフトパワーを総合的に勘案した結果」、俺は女装科特待生として入学することになった。


 武道科の合格通知は、父さんの机の引き出しに、そっと仕舞われた。


「真。男は進路変更を恐れない。剣の道からスカートの道へ、柔軟に進むべき時もある」


「その名言、どこにも需要ないからな?」


 こうして、俺の男道は、いつの間にか女装道へと迂回していたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 そして今。


「えー、新入生を代表しまして、私、女装科特待生・桐島真は――」


 講堂に、俺の声がよく通る。女装しているせいなのか、声がいつもより半音高い気がする。


 客席がざわめく。


「桐島って、あの大臣の息子?」

「でも女装科なんだってよ」

「ギャップ萌えってやつか?」


 いや、そこで萌えないで。そこはせめて苦笑で。


 壇上の端には、地方局のカメラも陣取っている。

 父さんのコネと女装科特待生という話題性のおかげで、「マスラオ高校・女装科特集」がニュースの端っこで流されるらしい。


 俺の人生、いきなり全国区デビューである。やめてほしい。


 視線を少しだけ上げると、最前列の来賓席が目に入った。


 父さん。その隣には、各界の偉い人たち。

 文化防衛庁の偉い人とか、「男の娘外交推進議連」会長とか、肩書きが濃い。


 その少し離れたところ――


 一人だけ、空気の質が違うやつが座っていた。


 栗色の髪がふわりと揺れる。

 光を弾くような白い肌。

 長い睫毛に縁取られた瞳は、舞台照明にも負けないくらいきらきらしている。


 その子は、俺と同じブレザーの制服を着ていた。

 ただ、同じ服なのに、まるで別物に見える。


 俺が着ると「人生の罰ゲーム」にしか見えない制服が、その子が着ると「新作映画のメインビジュアル」になる。

 同じ地球の重力がかかっているとは思えない。


(……女子、だよな?)


 思わず二度見する。


 ここは男子校。女子はいない。はず。


 でも、その子はあまりにも「女の子」だった。


 視線に気づいたのか、その子がふいにこちらを見る。


 瞬間、心臓がドクンと跳ねた。


 柔らかな微笑み。

 けれど、その目の奥には、どこか鋭い光が宿っている。


 俺が一瞬、言葉を詰まらせると、その子は口の端だけで笑って、小さく唇を動かした。


 ――「噛んだよ」


 言った。完全に「か・ん・だ・よ」の口の形だった。


 いや、そこ拾う? 今のタイミングで?


 カァッと顔が熱くなる。

 俺はごまかすように、原稿をめくった。


「……本日は、このような晴れの日を迎え……」


 どうにかこうにか、俺は最後までスピーチをやりきった。

 途中で何度か噛んだけど、あの子のせいだ。たぶん。きっと。責任転嫁大臣、ここに誕生。


 拍手が鳴り、俺は一礼して壇上を降りる。


(終わった……俺の高校生活、初日からだいぶ終わった……)


 そんなことを考えながら、舞台袖から講堂の裏手へと歩いていると。


「桐島くん、だよね?」


 背後から、鈴を転がしたような声が降ってきた。


 振り向いた先にいたのは――さっきの子だった。


 距離が近い。近すぎる。


 さっき客席から見たときも可愛いと思ったけど、近くで見ると破壊力が桁違いだ。


 肌、つるつる。

 まつ毛、ばさばさ。

 瞳、うるうる。


 俺の存在、モザイクで自主規制したほうがいいんじゃないかな。


「さっきのスピーチ、お疲れさま」


 その子は、ふわっと笑った。


「途中で噛んだとこ、可愛かったよ」


「い、今そこ褒める? いや褒めてるのかそれ?」


「うん。“国を背負って立つ”って感じより、“スカートを押さえて立つ”って感じで、新鮮だった」


「見られてたぁぁ!」


 思わずスカートの裾を押さえ直す俺を見て、その子はクスッと笑う。


「自己紹介しよっか。僕、朱雀院玲央。女装科二年。今日の入学式のコーディネート担当」


「……僕?」


 聞き間違いかと思った。


 玲央は、さらっと続ける。


「うん。僕。こう見えても男」


「……男!?」


 反射で声が裏返った。再びボイスチェンジャー発動。


 いや、これで男なの!?


 きれいで、可愛くて、女子アナかなんかですか?って顔してて、男なの!?


「そんなに驚かなくてもいいのに」


 玲央は苦笑しながら、俺の胸元のリボンに手を伸ばした。


「ほら。これ、結び方ちょっと曲がってる」


「え、あ」


 細い指先が、俺の喉元に軽く触れる。


 きゅっ、とリボンを整える仕草だけで、なぜか心拍数が跳ね上がった。


(な、なんだこれ……)


 政治家の息子としても、これまで何度か選挙カーに乗ったり、握手会に同行したりしてきた。

 でも、こんなに心臓がうるさかったことはない。


 「有権者の心を掴む」ってこういう感じなのかもしれない。

 今、完全に俺の心、朱雀院玲央に一票どころか白紙委任状まで渡しかけてる。


「……よし。これでちょっとはマシになったかな」


 玲央は一歩下がって、俺の全身を眺める。


 視線が上から下までゆっくりと往復するたびに、俺の羞恥心メーターが順調に上昇していく。


「うん。素材は悪くない」


「そ、素材って言い方!」


「ほら、女装は料理と一緒。素材が良くても、盛り付けが雑だと台無しでしょ?」


 玲央は、俺の前髪をちょいちょいっと整え、ウィッグの位置を微調整する。


「君、骨格いいし、脚もきれいだし、目も意外とぱっちりしてるし。ポテンシャルAランクはあるよ」


「ポテンシャルって、勝手にランク付けされてる!?」


「女装科二年の目はごまかせないの。で――」


 玲央はニッと笑った。


「君、今日から“桐島マコちゃん”ね」


「マコちゃん!?」


「真=まこと=マコ。略してマコちゃん。語感大事」


「俺の名前、そんな軽いノリでリブランディングされるの!?」


「いいじゃん。政治家の家なんでしょ? イメージ戦略、大事だよ?」


 言い切られてしまった。悔しいけど、理屈は通っているあたりがさらに悔しい。


 マコちゃんか……。

 頭の片隅で、その呼び名がいったん否定されつつも、なぜかほんの少しだけ胸の奥に沈殿していく。


 自分の中に、新しい名前のスペースができたような、不思議な感覚。


「そういえばさ」


 玲央が、ふいに少しだけ真面目な顔になった。


「さっき、壇上でこっち見てたでしょ?」


「えっ」


「噛んだところ。ばっちり目が合った」


「だからそこツッコむ!?」


「緊張してた?」


「……まあ、そりゃ。人生初の女装だし、人生初の新入生代表だし、人生初の全国放送だし」


「全国は言い過ぎ。せいぜい地方局だよ」


「その地方に、俺の将来の嫁が住んでたらどうするんだ!」


「もうここにいるんじゃない?」


「え?」


 ぽん、と軽く爆弾を投げられた気がした。


 玲央は、俺の驚いた顔を見て、くすくすと笑う。


「冗談だよ」


 心臓直撃。

 選挙カーよりよっぽど破壊力がある。


 気付けば、口が勝手に動いていた。


「……好きです」


「うん?」


「朱雀院先輩が、好きです」


 ――言った。


 自分でもびっくりするくらいストレートに。

 選挙演説よりよっぽど短いのに、人生最大級の一言。


 玲央の目が、わずかに見開かれる。


 それから、ふっと細められた。


「へえ」


 あまり驚いていないようで、でも、どこかで表情が固まったようにも見える。


「入学式一発目の告白、いただきました」


「す、すみません! 今の、勢いというか、その場のノリというか、選挙カーのマイク乗せられたみたいな――」


「取り消すの?」


 玲央の声が、ほんの少しだけ低くなった。


 笑っている。けれど、目の奥は笑っていない。


「“好き”って、そんな軽いノリで言う言葉?」


 ぐさり。


 心に鋭い一刺しが入った。


「……軽くは、ないです」


 俺は、慌てて頭を振る。


「ノリとかじゃなくて、ちゃんと……ちゃんと、さっきからずっと、胸がうるさくて」


 自分で言ってて恥ずかしい。でも、それしか言葉が出てこない。


 玲央は、じっと俺を見つめる。


 数秒の沈黙。


 やがて、小さく息を吐いた。


「残念だけどね」


 その口元に、いつもの柔らかな笑みが戻る。


「今のはお断り」


 あっさりとした、でも、はっきりとした拒絶。


「……ですよね!」


 反射的に元気よく返事してしまう自分の悲しい性。

 男らしくフラれたな、俺。いや、女装してるけど。


「でも」


 玲央は、俺のリボンの端をちょんと引っ張った。


「条件付きなら、考えてあげてもいいよ?」


「じょ、条件付き……?」


「うん」


 さっきまで柔らかかった空気が、少しだけ張り詰める。


 玲央の瞳の奥に、鋭い光が灯った。


「ここ、男だけの学校でしょ?」


「……はい」


「でも、“女の子みたいな男の子”は、山ほどいる。特に女装科には」


 玲央は、自分のスカートの裾を軽くつまんで、ひらりと揺らしてみせる。


「その中で、一番かわいくなれたら――」


 そこで言葉を切り、意味ありげに笑った。


「その時は、改めて返事してあげる」


「……学校一の、女装美男子に、なれたら?」


「うん。ここの“学校一”って、けっこうレベル高いよ?」


 さらっと言われたけど、内容はとんでもない。


 マスラオ高校・女装科。

 ソフトパワー界隈では全国的に有名な「男の娘の名門校」だ。

 その頂点に立て、と?


「な、なんでまたそんな条件……」


「簡単だよ」


 玲央の声色が、ふっと変わる。


「本気でやる気がない人は、途中で勝手に諦めるから」


 その言葉には、どこか疲れたような、冷めたような響きがあった。


「前にもいたんだ。“玲央が好きだ”って言ってきて、そのくせ僕じゃなくて、朱雀院家の名前とか、“女装科の看板”しか見てないやつ」


 言いながら、玲央は目を伏せた。


「条件を出したら、だいたい離れていったよ。面倒になったんだろうね」


 胸の奥が、きゅっと痛んだ。


 この人、なんとなくで条件を出してきたわけじゃない。


 軽い調子の笑顔の奥に、そういう過去がちらっと見えた気がした。


「だから、君にも条件」


 玲央は、もう一度俺をまっすぐ見た。


「学校一の女装美男子になるくらい、本気でこの世界に飛び込んで、それでもまだ俺のことが好きだったら――」


 そこで、口元だけで小さく笑う。


「その時は、真面目に考えてあげる」


 ドクン、と。


 心臓が、さっきまでと違う音を立てた。


 ただの憧れでも、勢いでもない。もっと重い何かを、今受け取った気がする。


「……わかりました」


 気付いたら、口が答えていた。


「やります。俺、学校一の女装美男子になります」


「簡単に言うね」


「簡単じゃないのは、わかってます」


 スカートの裾をぎゅっと握る。


「でも、どうせ高校三年間なにかやるなら、全力でバカやったほうが、あとで笑えるかなって」


 いつか父さんが言っていた。

 「男は一度決めた道を、簡単に変えない」と。


 俺は今、道自体を変えようとしている。


 でもそれは、ただの逃げじゃない。


 武道の道から、女装の道へ。

 スーツの世界から、スカートの世界へ。


 どっちの道だって「俺が選んだ道」なら、それは俺の男道だ。


「父さんには、ちゃんと説明しなきゃいけないですけど」


 そう言うと、玲央は少しだけ目を丸くした。


「ふーん」


「……な、なんですか」


「いや。ちゃんと“説明する”って発想があるんだなって」


 玲央は、どこか嬉しそうに笑った。


「だいたいの人は、“バレなきゃいいや”って言うからさ。自分が変わっても、世界のほうは据え置きでいいって顔してる」


「俺、父さんに内緒で女装し続けられる自信ないです」


「あー、確かに。ニュースでばっちり映りそうだもんね」


「もう今日もカメラ来てたし……」


「じゃあ、がんばって。“国政”と“恋愛成就”の両立」


 玲央は、ひらりとスカートを翻しながら、講堂のほうへ戻っていく。


「ようこそ、私立マスラオ高等学校・女装科へ」


 振り返りざまに、ウインク。


「君の三年間は、今日を境に、“男道”から“女装道”に進路変更です」


 その背中を見送りながら、俺は深く息を吸った。


(……よし)


 決めた。


 国を背負って立つ前に、まずはスカートを履きこなす。

 世界を動かす前に、この学校の常識くらいひっくり返してやる。


 最高に可愛い「日本男児」になって、この朱雀院玲央に、胸を張ってもう一度告白してやる。


 ――こうして俺の「女装科ライフ」は、期待と不安とスカートのひらひらを抱えて、派手に幕を開けたのだった。


 男らしさとは何か。

 女らしさとは何か。

 らしさって、誰が決めるのか。


 今はまだ、ぜんぜんわからない。


 でも一つだけ、はっきりしていることがある。


 ――俺の男道、今日からスカートで全力疾走です。


 目的地? それは、三年後のお楽しみだ。


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