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おしどり。  作者: kui
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1.『ハル』

 春も終わりに近づき、夏を感じるような暑い日が続く、そんなある日の教室での事。



「ねぇ、セバスチャン~」

 隣から、ボケの割にはテンションの低い、だらけた声が聞こえてくる。

 目を向けると、そこには天然パーマのかかったショートカットの黒髪が特徴的な、女の子がいた。

 同じクラスメイトなのだが、大きくクリクリした目や身長150センチほどの小柄な体は文字通り『女の子』という表現が適切だろう。

「誰がセバスチャンだ」

「じゃあワトソン」

「それも違う。というか、名探偵の助手はワトスンだ。覚えとけ」

「違うよ~。ワトソンって言ったら、千葉ロッテマリーンズに在籍してた、マット・ワトソンの事だよ~。」

「誰だ!?」

「知らないの? みんなからワティーって呼ばれて愛されてたんだよ~?」

「知らん」

「まあ、サブローにスタメン取られちゃったけどね」

「さりげなく重い話をするな! つーか分かりづらいボケはやめろ。ツッコミ方に困る」

 そう言うと、こいつは勝ったと言わんばかりに、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。

 何故だろう? こいつの笑顔を見てたら……イライラする。


「2人とも仲いいね!」

 後ろを振り向くと、クラスメイトの女子が、意気揚々に明るい笑顔でそう声を掛けてきた。

「もしかして、君とハルちゃんって付き合ってるの?」

 まあみんな、こんな風に茶化す女子の1人や2人はクラスにいるだろう。

 こんな時、普通だったら慌てふためいて、顔を真赤にしながら弁解するのだろうが。


「そうだよ」


 俺に弁解する必要は全く無い。

 だって俺とハルは――。


 付き合ってるんだから。






 俺と春乃陽はるのはるは付き合っている。

 もうすぐ付き合い始めてちょうど1ヶ月になる頃だ。

 付き合い始めといったら普通、人目も気にせずイチャイチャしたり、甘々な会話をするのだろうが、俺とハルにそんなものはない。

「うなぎにアイス乗っけて食べたら、みたらし団子みたいな味がすると思うんだ~」

 いつも大体、ハルの突拍子もないこんな言葉から1日が始まる。

「みたらし団子を買えばいい」

 見ろ。この倦怠期の夫婦も真っ青な会話を。

「もう、分かってないな~。別にみたらし団子が食べたいわけじゃないんだよ~」

 ハルはそう言うと、ぶすっと口を尖らせながら不機嫌な表情を見せた。

 時折見せる、こういう子どもっぽい仕草がハルを余計に幼く感じさせる。

「……俺は焼き芋に、アイスを乗っけて食うのが好きだったな」 

「スイートポテトを食べればいい」

「それは違くないか!?」

「いっしょだも~ん。小錦と曙くらい、いっしょだも~ん」

「それは大分違う!」

 どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。

 こういう時、男の方から謝るのがいいとか何とかテレビで言っていた気がするが――。

「なあハル」

 そんなもの俺には関係ない。


「好きだ」


 天地神明と家でくつろいでる母に誓って言うが、これはそんな意味じゃない。

 いや、好きな事に違いはないのだが、別に愛の告白とかじゃない。

 じゃあ、俺が何でこんな事言ったかというとそれは――。


「あ……うぅ……あぅあぅ。えぇ~っと、えぇ~っと」

 

 虫も怖がらず、お化けの類も怖がらず、嫌いな食べ物すらないハルだが、そんなこいつにも苦手なものが1つだけあるのだ。

 それは――恋バナだ。

 どうも恋愛云々の話になると、この通り挙動不審になり慌てふためいてしまう。

 『デート』や、しまいには『彼女』という単語にまでこんな反応を見せるため、普段の会話では少し気をつけているけど。

「まいったか」

 懲らしめてやりたい時には、俺の唯一の武器となる。しかもかなり直球に言ったため、ダメージはかなりのものだろう。

「え~っと、えっと、えと、エトー」

「待て。最後のはサッカー選手の名前だ」

「ち、違うよ~。エトーって言ったら、日系米人マフィアの、ケン・エトーだよ~」

「だから誰だ!?」

「知らないの~? 1980年代にマフィアの大幹部として全米に名を轟かせたケン・エトーだよ~?」

「知るか。っていうかどこからそんな情報を仕入れてくるんだよ!」

「裏の家のお爺ちゃんが教えてくれたんだよ~」

「嘘つくな。第一お前の家はマンションだろうが」

 そう言うとハルはまた、勝ち誇ったような嘲笑を浮かべた。

 また少しイラッとしたのはさておき、俺はその時思ったんだ。

 

 気づけばまたさっきと同じに戻ってる。

 さっきまで慌てふためいていたはずのハルは、いつのまにか平静に戻っていた。

 そしていつもこうなのだ。

 結局、いつも俺はこいつに勝てない。


「じゃあ帰るぞ」

 俺とハルは荷物をまとめて、放課後の誰もいない教室を後にした。

 しようとしたのだが――。

「ねえ」

 扉を開ける寸前、ハルが教室を出ようとした俺を、ワイシャツの袖を掴んで呼び止めた。

「なんだ? 忘れ物か?」

 そう訊くと、ハルは大きく首を横に振った。

 そしてハルは小さく掠れた声で俺にこう言った。


「わたしも好きだよ」


 その言葉は、無防備なおれの心を一瞬で貫いた。

 窓から照らす夕日が眩しくて、ハルの顔をはっきり見ることは出来なかったが、きっとこの夕日のように真っ赤だったことだろう。

 「帰ろ~!」


 そしてそれは俺も。

 

 

 

 




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