第八十六話:確認される場所
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
請負人:「朝の6時からスーツケースをもって、山を見上げている人が居たから気になっていたんです。」
「そして、近づいて話を聞いてみると、死にたいと言っていた。普通なら声はかけませんが、あの何年か前にノーヘル賞を受賞された研究者だった。」
「昨日のプレスリリースに乗っていましたよ。フランスにある貴方の研究チームに解体命令が出されたとね。それらの情報を総合しただけですよ。」
請負人は続ける。
「貴方との契約を結ぶ。その前に、少し寄り道しても良いですか?」
長谷川は答える。
「まあ、良いけど…近くなのか?」
「いえ、これから2時間くらい車を走らせます。 」
「…2時間か…構わない。」
その後、しばらく車を走らせた。
長谷川は窓ガラス越しに流れゆく景色を見ている。徐々に太陽が昇って来る。
「もうすぐです。」
街灯はなく、山道の奥に、ぼんやりと鳥居の輪郭だけが浮かび上がっている。
窓を開けると、冷えた空気が一気に流れ込んだ。
湿った土の匂いと、古い木の香り。遠くで風が木々を揺らす音だけが響いている。
「随分と……人の気配がないな」
長谷川はしばらく景色を見ていると何かを思い立ったかのように言葉を発する。
「…この近くに神社はあるか?死ぬ前にお祈りしたい。」
「何を祈るんです?」
「死んだ後は後悔しませんようにと。」
「分かりました。ではこの少し先に、湯屋神社という神社があります。そこにしましょう。」
数分後、
「では私はこの先の塩澤寺にいますから。熊に気を付けてくださいね。」
「…ありがとう。」
長谷川は鳥居の前に着く。そこには、伝説が書かれている。
湯屋神社には、このような伝説があります。「大晦日から鳥居の手前、鷲の湯の南に杉の大木がありました。毎年、大晦日の夜12時から元旦の朝6時までは、湯の神様が入浴するので、人は湯に入ってはいけないきまりでした。ところがある時、そんなばかな話はあるか、といって湯に入った男がいて、翌朝大杉にはりつけになって死んでいました。そののちは、さらに厳重にこのきまりが守られたようです。
読み終えた瞬間、風が吹き抜けた。
杉の葉が擦れ合い、まるで低い囁きのような音を立てる。
「……古い話だな」
そう呟いたが、なぜか軽口にはならなかった。
石段に足をかける。
一段、また一段と昇るにつれ、空気が変わっていくのがはっきりと分かる。
湿り気を帯びた冷気。
音の輪郭が曖昧になり、虫の声すら遠のく。
――見られている。
視線の正体は分からない。
木々なのか、社殿なのか、それとも伝説そのものなのか。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
警戒ではなく、確認されている――そんな感覚。
石段を登り切った先に、拝殿が姿を現す。
灯りはない。それでも輪郭だけは、はっきりと浮かんでいた。
長谷川は立ち止まり、息を整える。
「……ここか」
契約の前に立ち寄っただけのはずの場所。
だが、この神社は――
すでに、何かを知っているように見えた。
悪い気はしなかった。
お祈りをして、石段を下る。
湯屋神社を後にして、少し歩くと、布袋尊の像がみえた。長谷川はお祈りをした。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:12月28日 14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)




