第八十五話:夜明け前、研究者は静かに請う
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
スマートフォンを握りしめる。
助けを求める言葉が、思いつかないのではない。
助けを求めていい理由が、自分の中から消えてしまっていた。
「終わらせる」という言葉が、はっきりと形を持って浮かぶ。
まだ決意ではない。
だが、もう“考えないで済む場所”には戻れなかった。
――これ以上、生き延びて、何を失えばいい。
その問いだけが、朝の光の中で、重く沈んでいった。
坂本先生なら、何と言っただろうか。
そう思おうとしても、声は霧の向こうに滲んで聞こえない。
山の前に立ち見上げる。しかし、体は動かない。
「くそ……なぜだ、死にたいのに、なぜ怖い。俺は何に怖がっているんだ……?」
「――後遺症ですよ。」
唐突な声に振り返った。
「止めても無駄だ。俺は終わりを迎えたいんだ」
「止める? いいえ。もし本当に一人で、いけるなら、どうぞ」
その声は低く、透き通るようでいて、不気味な響きがあった。
「ずっとここに立ち続けても、じきに見つかるだけですよ。」
そいつは一歩近づく。
「私なら、あなたの“最期”を整えることができます。外から見れば自然な形で……」
わずかに口元を歪めた。
「そして――ささやかながら、その前にひとつだけ願いを叶えましょう。もちろん、対価はいただきますが」
「……あんた、何者だ?」
「巷で都市伝説と言われている、自殺請負人です。」
「……請負人?」
「ええ。私はあなたの“死”を手助けする。それだけです。自ら命を絶つ勇気がないなら、代わりに背中を押し、二度と苦しみが戻らない形で幕を引く。そして――ささやかながら、門出を祝って死ぬ前にたった一つ、あなたの願いを叶えましょう。もちろん、お代はいただきますが……取るに足らない金です」
霧が、さらに濃くなった。朝の霧の中で微笑んだ。
「――契約しますか?」
長谷川は目を閉じた。
ふと昔、久保田から貰った本で読んだ記憶を思いだした。
昔から妙な噂がまことしやかに囁かれている。
「金さえ払えば、誰でも“自殺”できる。事故にも、病死にも見えるように――」
依頼すれば必ず叶えてくれるという、不気味な存在がいると。
誰がそう呼び始めたのかは分からない。
ただ、人々は畏怖と興味を込めて、その者を 「請負人」 と呼ぶらしい。
そして、私は答える。
「頼む。私を解放してくれ。」
請負人はニヤリと笑った。
そして、続ける。
「では、こちらに乗ってください。一旦貴方の要件を聞かせてください。勿論貴方は」
付けていた車に乗り、私は語った。
「どうして、私が死のうとしている事が分かったんだ?」
請負人は答える。
「ここに来たのは、本当にたまたまです。散歩がてらに来ただけです。」
長谷川:「…たまたまか」
請負人:「朝の6時からスーツケースをもって、山を見上げている人が居たから気になっていたんです。」
「そして、近づいて話を聞いてみると、死にたいと言っていた。普通なら声はかけませんが、あの何年か前にノーヘル賞を受賞された研究者だった。」
「昨日のプレスリリースに乗っていましたよ。フランスにある貴方の研究チームに解体命令が出されたとね。それらの情報を総合しただけですよ。」
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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