第八十四話: 研究者が山を見る朝
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
こうして、一夜明けた。
翌朝、私たちは坂本先生の墓参りに向かう前に持参したパソコンを開きメールを確認すると「おつかれさまです。長谷川教授、研究費用ですが、不採択になりました。つきましては契約満了とします。」と契約満了の打ち切りを告げられた。
私は、まだ寝ていた腰山に置手紙を残し、外へ出た。
「悪いな、腰山、野暮用が入った。本当はこのまま、坂本先生の墓参りに行きたかったけど、状況が変わった。」
それ以上の言葉を書く勇気はなかった。
メールの文面は、何度読み返しても変わらなかった。
「不採択」というたった三文字が、これまで積み上げてきた時間と労力を、あまりにも簡単に切り捨てていた。
私の居場所はもうどこにもない。携帯を切って、気づけば、どこかへ歩いていた。できるだけ人目に付かない場所へ
指先が冷たくなっていることに、ようやく気づく。
研究費が切られる。それは単に金がない、という話ではない。
場所も、人も、未来も――すべてがここで終わる、という宣告だった。
布団に横になったままの腰山の寝息を、私はしばらく眺めていた。
起こせば、きっと引き留められる。
事情を話せば、彼は「一緒に考えよう」と言うだろう。
それが分かっていたからこそ、私は何も言えなかった。
どこかへ向かう道すがら、朝の光がやけに眩しく感じられた。
人々はいつも通り歩き、電車は時刻通りに走り、世界は何事もなかったかのように回っている。
坂本先生の墓参りに行くはずだった朝。
あの人に「まだやっています」と報告するはずだった朝。
胸の奥で何かが、音もなく崩れ落ちる。
周囲のざわめきが、ガラス越しの音のように遠い。
研究費の不採択。
久保田の死
坂本先生の死
墓参りにすら行けなかったという事実。
それらが一本の線でつながり、「ここまでだ」と心の奥で誰かが囁いていた。
――何のために、続けてきた?
もし、私があの時、友情を捨てる判断が出来ていれば、結果は変わったのだろうか?
研究も友達も気づいた時には、もう全てが終わってしまった。
気付くと、目の前に山が見える。
「死にたい。」…「死にたい。」…「死にたい。」
問いは浮かぶが、答えは返ってこない。
努力も、誠実さも、時間も、結局は何ひとつ守ってくれなかった。
守れなかった自分だけが、ここに取り残されている。
もし、ここで自分が消えたとして。
研究室は回るだろう。
大学も、社会も、何事もなかったかのように進むだろう。
そう考えた瞬間、胸の奥に冷たい安堵が広がった。
――自分がいなくても、世界は壊れない。
それは希望ではなく、救済でもない。
ただの「逃げ道」だった。
スマートフォンを握りしめる。
助けを求める言葉が、思いつかないのではない。
助けを求めていい理由が、自分の中から消えてしまっていた。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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