第八十二話: 諦めた男
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
私の名前は長谷川 達夫71歳。国信の元大学教授である。日本人研究者で、フランスを拠点に研究してきた研究者だ。もともとは国信の生物学科の4年生のフランス留学で研究にハマり、今日に至るまで、ひたすら研究者としての道を歩いてきた。研究に没頭しすぎた性でもあり、華の大学生活とは縁遠い生活であった。本当のことを言うと、研究以外のことに興味がなく友達が出来なかっただけでもある。しかし、研究は大好きだ。研究室に籠り、データを採取し、実験ノートに手順をまとめ記録し、レポートにまとめる。単調と言われれば、それまでかも知れない。しかし、私は自分の作品を創っているようで、とても好きなのだ。その功績ノーヘル賞を受賞し、特任教授として定年後も研究室を持たせてもらっている。しかし、分野が時代遅れになったため、ここ数年は研究成果があまり出ず、何度も研究予算が打ち切りとなっている。今度予算が打ち切りとなると任期満了を宣告された。これは仕事でいう首を意味する。当時は携帯電話もなく、私が研究者の道を確定させてから、父、母、ともにフランスへ移住してしまったものだから、誰も私の行方を知らない。また、学会や講義の準備で時間に追われ、帰郷するタイミングを失い、もう何年も日本に帰っていない。友達という友達もろくにいない、私は、もう高校時代の友人たちも私を忘れている頃だと思っていて、友情という概念を諦めていた矢先、いつも通りメールを確認すると、高校時代の友人と名乗る腰山から連絡を貰った。どうやら研究室のホームページをたまたまみて連絡をくれたみたいだ。嬉しかった。その後、meetを使って、少し話した。数日後に日本で会う事になった。当初の予定では、落ち込んでいる久保田を励ますためにサプライズで登場し、その足で、坂本先生の墓参りに行く予定だった。その後、久保田の家で一杯昔話に華を咲かせるつもりだった。当日のために、急いで飛行機の便を取り、スケジュールを開けた。しかし、予定変更が伝えられたのは、三日前のことだった。しかし、あちらもバタバタしているせいか、中々連絡がつかない。メールを見ると、中止の旨が綴られていた。「私は必ず行く。力になれることがあれば、なんでも言ってくれ。」とメールした。私は身勝手かも知れないが、このまま何もせずに過ごす事はできなかった。何故なら、後悔しそうだったから。自分の感情を押し殺すのは大学生時代に散々味わってきた。そして諦めて何回も後悔をしてきた。だから、せめて唯一の友達のことでは後悔したくない。その一心で私は迷惑を承知で日本へ帰国した。
飛行機の窓から見下ろした日本の景色は、記憶の中のそれよりもずっと明るく、無数の光が規則正しく瞬いていた。その光を見ているうちに、胸の奥に長く沈殿していたものが、静かにかき混ぜられるのを感じた。私はいつから、こんなにも人と距離を置くようになったのだろう。研究という名の正当な理由を盾にして、誰かと深く関わることを避けてきたのではないか。
到着した空港は、懐かしさと同時に、他人の家に踏み込んだような居心地の悪さを私に与えた。日本語は問題なく話せるはずなのに、案内放送や周囲の会話が、どこか遠く感じられる。フランスでの生活が長すぎたのだろう。私はいつの間にか、帰る場所を失っていたのかもしれない。
腰山がいなければ。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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