第八十一話:託された荷物
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
「亡くなってから、数日は経っていると思われます」
慰めるでもなく、突き放すでもない、ただの事実。
警察官は頷き、視線を室内に向けたまま言った。
「首吊りでした」
その一言で、腰山の足が止まる。
「……首、吊り」
室内には既に鑑識が入っている。
天井付近から伸びるロープ。
それを外した痕が、梁にまだ残っていた。
遺体はすでに床に降ろされ、白いシートが掛けられている。
しかし、首元に残る痕と、うっ血した顔色は隠しきれない。
「発見時は、ドアも内側から施錠されていました」
「第三者が侵入した形跡はありません」
警察官はそう付け加えた。
まるで、結論を先に告げるように。
部屋には生活感があった。
散らかった書類、畳まれていない洗濯物。
途中で時間が止まったような空間。
「使用されたロープは、こちらの室内にあった物です」
鑑識が淡々と説明する。
新品でも、特別な物でもない。
誰でも手に入る、ありふれた道具。
腰山は、喉が詰まるのを感じた。
——本当に、衝動的だったのか。
首を吊ったにしては、
椅子は丁寧に壁際へ戻されている。
床に倒れた形跡も、暴れた跡もない。
「……苦しんだ、んですか」
思わず漏れた言葉に、警察官は一瞬だけ視線を上げた。
「一般論になりますが……首吊りは、すぐに意識を失う場合もあります」
「詳しいことは、解剖結果待ちですね」
その言い方が、かえって残酷だった。
質問は淡々としている。
だが、答えは分かっている。
坂本先生の葬式で見せていた、あの表情から違和感はあった。しかし、
自分の誕生日も近いこともあってか、少なくとも、腰山の知る久保田は、そんな素振りを打ち合わせに行くまでの数日間は見せなかった。いや、今思えば、見せないようにしていたのか——あいつらしい。
そう思った瞬間、自分がそんなことを考えている事実に、ぞっとした。
「最近、何か変わった様子はありましたか」
突然向けられた質問に、腰山は顔を上げる。
「前にも一度あったんです。その時は未遂で終わったんですけど」
声が、わずかに掠れた。
警察官はそれを特別な反応とも思わなかったのか、淡々とメモを取る。
「後日、改めてお話を伺うことになると思います。今日はお帰りください」
腰山は小さく頭を下げ、その場を離れた。
静かすぎる死。
腰山はスマホを手に取り連絡をする。画面には見慣れない国番号。指先が一瞬ためらい、それでも通話ボタンを押した。
――呼び出し中。
規則正しい音が、部屋の静けさを刻む。
相手は海外にいる。胸の奥が落ち着かない。
出ない。
もう一度、音が鳴る。
それでも、向こう側は沈黙したままだ。
遺体は検視を終えたのち、葬儀社に引き渡された。
警察の立ち会いが外れると、そこから先は、すべてが静かに、事務的に進んでいく。
身体は清拭され、簡単に整えられる。
その後、遺体は安置される。
冷えた空間で、時間だけが過ぎていく。
並行して、書類の処理が進む。
死亡届が提出され、火葬の許可が下りる。
紙一枚で、死は正式な事実になる。
火を入れる前に、最後の対面が許される。
火葬が終わると、
墓地や納骨堂に骨壺が運ばれ、
石の蓋が開けられる。
骨壺は所定の位置に収められ、
蓋が閉じられる。
土や石によって、ようやく「場所」が与えられる。
それが、埋葬だった。
手を合わせ、形式的な言葉が交わされ、
人は墓前を離れる。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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