第七十五話 月がきれいな夜まで
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
深見「あ……久保田くん。帰り?」
スーパーの明かりに照らされて、深見は少しだけ目を細めた。
久保田は立ち止まり、その姿を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮むのを感じる。
久保田「うん。……深見こそ、大丈夫?」
深見は一瞬、いつものように笑おうとした。
けれど口角は途中で止まり、その表情はどこか不安定なまま固まってしまう。
深見「……ちょっと、歩きたくて。」
その短い言葉の裏に、理由があることを久保田は直感した。
無理に踏み込む必要はない。
そう思いながらも、彼女を一人で行かせてしまう気も起きなかった。
久保田は一歩、深見の横へ出る。
言葉を探しながら、坂本の言葉がふと頭に浮かんだ。
——「そばにいるよ、って。それだけで十分な時がある。」
久保田「よかったら……少し、一緒に歩かない?」
深見は驚いたように目を瞬き、数秒の間のあと、そっと小さくうなずいた。
ふたりは並んで歩き出す。
冬の風が頬を刺し、コートの隙間から冷たい空気が忍び込んでくる。
それでも、不思議とその寒さは嫌じゃなかった。
しばらく、沈黙が続いた。
信号の音。
遠くを走る車のエンジン音。
どれもが、必要以上に大きく聞こえる。
久保田は足元を見つめながら、意を決して口を開いた。
久保田「……深見がつらい時、無理して笑わなくていいよ。」
深見の肩が、わずかに揺れた。
久保田「俺、そういうの……今まで気づけなかったと思う。
でも今日は、ちゃんと分かった気がする。」
深見の足が、ふっと止まる。
久保田も、それにつられて立ち止まった。
久保田「俺……そばにいたい。
深見のこと、ずっと……好きだから。」
街灯の淡い光の中、深見が驚いたように目を見開く。
そして、少し震える声で。
深見「……そんなふうに思っててくれたの……?」
久保田はうなずく。その仕草は不器用だけど、真っ直ぐだった。
久保田「完璧な言い方じゃないけど……
でも、今伝えたいって思ったから。
もし迷惑じゃなかったら、俺に……そばにいさせてほしい。」
深見「私は、これから予備校で来年また静大大に向けて対策をする。だから、私は久保田くんに対して、できることが少ないし会う機会も少なくなる。それに迷惑を沢山かける、」
少し間を置いて、続けた。
深見「こんな、私でもいいの?」
久保田はすぐに答えた。
久保田「深見がいいんだ。」
久保田「会える時間が減るのは寂しいけど、それはお互いさま。」
久保田「試験は大変だと思う。でも、力になれることがあったら、いつでも言ってほしい。」
久保田「俺、喜んで協力するし……ずっと応援してる。」
深見は目元を指で押さえ、小さく息をついた。
深見「伝え方なんて人によるんだから、貴方は型に囚われすぎなのよ、オリジナリティが足りないのよ。」
そう言いながらも、その声にはやわらかな温度があった。
深見「でも…ありがとう。迷惑なんかじゃないよ……。すごく、嬉しい。もう死んでも良いくらいに。」
久保田は照れ隠しのように夜空を見上げる。
久保田:「今日は月がきれいだな。」
深見はくすりと笑った。
深見:「フッ、それは逸話なんだよ。」
久保田:「良いだろ、逸話でも,,,大事な事は伝えられたから。」
夜風がふたりの間を吹き抜ける。
言葉がなくても、不安はもうなかった。
並んだ足取りは、少しだけ距離を縮めながら、
静かな夜道を、ゆっくりと進んでいった。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:12月06日 18時,22時(社会情勢によって変動。)




