第六十話: 星がひとつだけ見えた夜
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
その日の夜。
病室は時計の秒針の音だけが響いていた。
菜穂は、天井を見ながら考え続けた。
どうして助かったんだろう。
どうして止められたんだろう。
どうしてまだ生きてるんだろう。
答えは、なかった。
ただ、痛みだけがあった。
苦しかった。
菜穂はベッドで眠ることもできず、痛みと恐怖に押しつぶされそうになった。
菜穂の胸を、鋭いナイフで何度も刺されるような痛みが貫いた。
目の前が熱く、涙が止まらない。
「私のせいだ…私が…」
息が苦しく、胸の奥に重い石が落ちたようだった。
痛いと、生きていることがわかるから。
けれど、それが最後でいいとも思えた。
そして、もうひとつ。
お父さんもお母さんも既に他界している。家にはもう、頼れる大人はいない。
さらに、家に戻れば、荒らされた時の形跡と記憶――空き巣の痕跡が、菜穂を待っている。
自分の居場所すら、奪われてしまった。
ベッドに横たわりながら、菜穂は自分の人生を振り返る。
友達と笑った記憶も、遠い夢のように感じられる。
学校の教室、家族の笑顔、買い物に行った商店街――すべてが、あの日の事故と母の死で色を失った。
菜穂はゆっくりと起き上がった。
痛い身体を支えながら、ベッド脇の点滴に手をかけ、立つ。
足元はふらつき激痛が走る、影は壁に長く伸びる。
点滴棒を支えに足を引きずる。
階段をよろめきながら登る。息切れ・痛みで涙が流れる。
「もう…どうしていいかわからない」
誰もいない夜の病院で、声にならない呟きが漏れる。
自分でも誰に言っているのかわからない。
お母さんに?お父さんに?それとも、自分自身にか。
病室のカーテンがゆらいでいた。
窓の外には、街の灯りが遠く瞬いていた。
誰も起きていない。
それでも歩いた。
生きるのが苦しいからじゃない。
生きたいと思えなかったから。
夜間は施錠されるはずの扉は、なぜか少しだけ閉まりきっていなかった。
非常階段の扉を押すと、冷たい夜風が吹き抜けた。
星ひとつだけが、遠くで光っている。
「…ねえ、もう許して」
星がひとつだけ見えた。
菜穂は、少しだけ笑った。
「…ねえ、もう許して。」
誰に言ったのか、自分でもわからなかった。
ただ、その言葉を最後に、菜穂の小さな体は、柵を越えた。
落ちていく空は、やけに広かった。
その時、背後から声がした。
「また、いくつもりか?」
「急に驚かせてごめん。」
「あなたは、あかしさん。どうしてここに」
「俺の知り合いから、自殺者未遂者の再犯率が高いことを聞いて、念のため病室に来てみたらアンタの姿が無かったから、ただそれだけ。また俺の勘違いなら良いなって希望をもって。」
「また・・・?」
「俺、君のお父さんともこうやって話したことがあるんだ。その直後、あんなことになってしまって、自分を責めた。俺がもう少しちゃんと話していたら、もしかしたらって
だから、今度こそはと思って、でも今度もまた結果的にアンタを苦しめてしまった。」
「いや、そんなことはありません。それに私は貴方に救われた。父が意識不明になったときに何気なくかけてくれた言葉に希望が持てました。
そして貴方は私を一度止めてくれた。何が正解なんてないと思います。あかしさん、どうか、私のことで自分を責めないでください貴方には感謝と申し訳ない気持ちしかない。あかしさんは私の分まで生きてください。」
「そうか・・じゃあ、やっぱり」
「私の所為でお騒がせしてごめんなさい。おまわりさんには貴方に火の粉が飛ばないように話しておきました。あかしさんには感謝しています。」
「でも、その人の痛みは、その人にしか分からないんです。どれだけ思いやってくれる人が居ても」
「そうか…」
「じゃあね。」
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:11月09日 22時(社会情勢によって変動。)




