第五十九話:白い天井の下で
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
それから数日後、目を覚ましたのは、白い天井の下だった。
ぼんやりと光がにじんで、視界がなかなか合わなかった。
自分の名前を思い出すまで、少し時間がかかった。
三浦 菜穂。
自殺をしようとした、小学生。
「……ここは……?」
かすれた声で問いかけても、返ってくるのは静寂だけ。耳に入るのは、病室の空調の微かな音と、遠くで響く機械のビープ音だけだった。
「菜穂さん、目が覚めましたね」
医師の声が、冷静ながらもどこか重苦しい。ゆっくりと歩み寄る足音が、さらに緊張感を増幅させる。
「自殺未遂の影響で、右足に重度の損傷があります。このままでは切断も視野に入ります」
その言葉に、頭が真っ白になる。足を失う――この体で、これからの生活をどうしていけばいいのか、思考が追いつかない。
「……私は……」
声が出ない。呼吸が乱れ、心臓が激しく打つ。思考が痛みと恐怖で霞む。医師は軽くうなずき、続ける。
「生命は救えました。しかし、後遺症は軽くありません。これからは身体的な制限が大きくのしかかります。日常生活も、これまでと同じにはいかないでしょう」
言葉が突き刺さる。身体だけでなく、心まで壊れそうだ。足の感覚が戻らない恐怖に、涙が頬を伝う。
その瞬間、病室の扉が静かに開く。淡い光が差し込み、母の顔が浮かぶ――あの笑顔、あたたかくて、少し厳しい顔。思わず呼びかけそうになるが、声は出ない。目の前には、医師の厳しい表情しかなかった。
「それから……君のお母さんですが……」
医師の言葉が途切れ、深く息をつく。息苦しさが胸を締め付ける。
「お母様は、君が自殺した日の夜、ショックによる脳出血で……亡くなりました」
胸の奥が音を立てて崩れ落ちる。世界が一瞬で暗く沈む。目の前の景色も音も、すべてが遠くなる感覚。
「……ママ……」
声が出ず、ただ涙が溢れ続ける。誰にも止められない。頭の中で、母の笑顔と、自分が駅で飛び込もうとした光景が交錯する。
「なぜ……」
問いかけても答えはない。救いも、慰めもない。ただ、現実だけが重くのしかかる。
医師がそっと言う。
「生きて……生き残った意味を、どう考えるかは、君自身です」
その言葉が、遠くで響く鐘のように耳に届く。体も心も、今はそれを受け止める余裕もない。ただ、涙が止まらず、声にならない嗚咽が胸の奥で震える。
菜穂は目を閉じ、呼吸を整えようとするが、胸の痛みと恐怖がそれを許さない。自分を取り巻くすべての絶望。全身が重く、心は引き裂かれそうだ。
外の世界は明るく動いているのだろうか。人々は笑い、誰かの声に耳を傾け、日常を過ごしているのだろうか。しかし、私にはその光景は届かない。届かないどころか、そこに立ち入ることさえできない。
涙が枯れるまで、菜穂はただ天井を見つめ続けた。小さな手で毛布を握りしめながら、胸に刺さった痛みと絶望に耐えるしかなかった。
──生きる意味。──
それは、まだ答えの出ない問いだった。
外の世界が少しずつ動き出す中、菜穂の涙は止まらない。だが、体の中の微かな鼓動は、絶望の中でも確かに生きていることを知らせていた。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:11月09日 18時,22時(社会情勢によって変動。)




