第五十八話:手を差し伸べた瞬間
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
警察官が数人、あかしに向かって歩いてくる。そのとき、あかしの肩をそっと叩く手があった。
振り向くと、そこには年齢を重ねた、おばあさんが立っていた。
「この子に何をするつもりなの?」
おばあさんの声は、思った以上に力強かった。その目は鋭く、警察官たちをじっと見据えている。
「おばあさん、少し離れてください。これは公務ですから」
警察官が一歩前に出て、無理におばあさんを脇に押しやろうとするが、
おばあさんは意に介さず、青年の前に立ちはだかる。
「この子は何もしていません!」
おばあさんの言葉は強く、確信に満ちていた。その表情には、一切の迷いがない。
「私が見ていた。あの子はただ、あの女の子を助けようとしていただけよ」
その声には、まるで何年もの時を経て積み重ねられた経験が響いていた。
警察官たちは一瞬、その言葉に戸惑った様子を見せる。
「でも、目撃証言もあり、現場にいた人物として確認は必要です」
警察官が言い募ろうとした瞬間、おばあさんはその言葉を遮り、さらに続ける。
「私が知っている。あの子が手を差し伸べた瞬間、あなたたちには分からないかもしれないけれど、私は見ていたの。彼がどれほど必死だったかを」
その言葉に同調するように、隣にいた若い男性も続ける。
「俺も見てました。そのおばさんの言っている通りです。」
その一言が、警察官たちの動きを一瞬止めさせた。
救急隊が少女を担架で運び、周囲は慌ただしい。泣き声、救急車のエンジン、指示の声――状況はまだ収束していない。
警察官たちは互いに短く目配せを交わす。
「……まずは搬送が優先だ。後の確認は、現場が落ち着いてからでいい」
その判断は冷静だった。混雑した現場では、目撃者確認や身元確認よりも救護優先が最適と判断したのだ。
警察官たちは黙り込み、やがて後ろに下がる。
「…分かりました。これで終わりにします」
一度、救護や周囲整理に回った警察官たちは、青年を直接拘束せず、現場から去った。
人が多く、混乱の中で彼を見失ったのだ。
青年はおばあさんの前で頭を下げる。
「あんた、いつから?どうしてここが分かった?」
「細かい話は車に乗ったら話しましょう。路地裏に止めてありますから。」
―――車内にて―――
「で、どうなんだ。」
「あなたのカバンの中のエアタグを追ってきたんです。貴方が駅に移動した時から追っていましたよ。
しかし、私は病院から駅に向かったので、少々時間はかかりましたが」
「じゃあ、アンタなんで俺の会話が分かったんだ?」
「盗聴器です。仕込んでおいてあります。」
「そうか。俺は別に構わない。その方が何故だか安心できる。」
「そうですか。変わっていますね。」
「それはお互いさまだろ。」
「で、どこに向かっているんだ?病院か?」
「一旦は家です。私はピエロの館と呼んでいますが――」
「なんで、病院に戻らないと」
「どこかの誰かさんが警察に目をつけられたから、このおばあさんの姿ではいられないのです。衣装を取りに戻るんです。」
「まあ、そのかばんを持っているなら貴方は病院で降ろします。気のすむまでやると良いでしょう。」
「ありがとう。でもなんでここまでしてくれるんだ?」
「…まあ、今はそんなことどうでも良いでしょう。」
「まあ、そっか。」
少しの沈黙。
「…なあ、アンタ、俺の説得は間違っていたのか?」
「私に聞きますか?私は自殺請負人ですよ。私の場合、説得という選択はないのです。
人には進みたい道を選ぶ自由がある。ただ、その選択が誰かのためであれ、自分のためであれ、私はそれを尊重するだけのことです。
それに、その答えは彼女にしか分からないことです。誰のための説得ですか。私のためではない。説得に間違いも正しいもありません」
「そうか。」
こうして、病院に着いた。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:11月09日 14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)




