第五十三話:最後の約束
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
菜穂は、そっと立ち上がった。
カーテンの隙間から夜の街を見下ろす。
コンビニの光、通りを行き交う車、傘をさして歩く人々。
みんな、それぞれの生活へ帰っていく。
――なのに、パパは、ここから動かない。
「ねぇ、パパ。もし目を覚ましたら、もう会社なんて行かないでよ。」
震える声でそう言って、菜穂は小さく笑った。
でもその笑いは、すぐに涙に変わった。
手に残る父の冷たさが、現実を突きつけてくる。
菜穂はそっと目を閉じた。
心の奥で、何かが静かに崩れ始めていた。
“生きること”への疑問と、“死”への理解が、
ゆっくりと形を持ち始めていた。
“ピッ、ピッ、ピッ……”
その音は、もはや父の命の証ではなく、
菜穂にとっては「時間の音」に変わりつつあった。
菜穂は驚いて顔を上げた。
病室の入り口に立っていたのは、黒いジャケットを羽織った男性だった。
「……あなたは?」
「おれ、木下 翔太といいます。三浦さんとは、同じ会社でした。」
菜穂は少し息をのんだ。
「……お父さんの、会社の人……?ええ。三浦さんにはミスをかばってくれたりとお世話になりました。」
時を同じくして、あかしが再び病室を訪ねた。
ゆっくりとベッドの傍らへ歩み寄る。
機械音が静かに鳴るたび、彼の表情がわずかに曇った。
「三浦さん……よく頑張ってました。
毎日、誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残って。
それでも“娘の学費のために”って、よく言ってたんです。」
「…約束していた赤林バザーに連れていってやれなかったからクリスマスまでに菜穂の好きなネズミーランドに連れいくって、そのためにも頑張るって。」
菜穂は父の寝顔を見つめた。
無言のまま、そっと父の手を握る。
その手には、もう力がなかった。
「……でも、最近は本当に限界だったと思います。」
翔太の声が少し震えた。
「俺たちの会社、残業も休日出勤も当たり前で。
誰かが倒れても、“自己管理ができてない”って言われるんです。」
菜穂の喉がきゅっと詰まった。
「じゃあ……残業?弓術出勤……?」
歩美は言う。「あとで教えてあげるから。」
――“仕事だから”。
その言葉が、父をゆっくり蝕んでいったのだ。
翔太は小さな紙袋を机に置いた。
「これ、彼のロッカーにあったものです。
休憩中に飲んでた缶コーヒーと、あなたの写真が一枚。」
菜穂は袋をのぞき込み、息を詰めた。
制服姿の自分が笑っている写真。
それは、去年の春――父が珍しく家にいた朝、
照れくさそうに撮ってくれた、たった一枚だった。
菜穂は、父の眠る顔を見つめながら、涙をこぼした。
思い出の中の父は、いつも疲れた笑顔だった。
夜中に帰ってきては、冷めた味噌汁をすすり、
テレビもつけずにソファで眠ってしまう。
菜穂はそれを胸に抱き、ぽつりとつぶやいた。
「……パパ、ありがとう。」
翔太が次に言ったのは、
「歩美さん少し良いですか?」
「はあ…」
「菜穂、ママちょっと木下さんとお話するから、パパをみてて。」
「うん。」
病院の屋上:
「三浦はいつも家族のことを思っていました。主に娘さんの学費のこと」
私がこちらに来たのは他でもなくこれを会社から歩美さんへと上から命を受けてたからです。
書類の束が渡された。
「因果関係は認められません」
と会社は冷たく通達した。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:11月2日 10時,14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)




