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自殺請負人ー依頼は、命の終わらせ方ー  作者: マイライト
街を見下ろす父

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第五十一話:延命の音

【注意事項】

本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。

読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。

心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。


※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。

三浦の身体には酸素マスク、胸部には心電計。

救命士が圧迫しながら酸素を流し込み、手早く処置を行う。


手術室のランプが「手術中」に切り替わる。


白い手術室。

執刀医が低く指示を出す。

「右側頭部陥没骨折、硬膜下出血確認! 開頭減圧いくぞ!」

「血圧下がってます! 輸血スタンバイ!」

「まだだ、心拍はある!」


金属音と電子音が重なり合う中、

人工呼吸器がリズムを刻み続ける。


やがてランプが「手術中」から「集中治療中」に変わる。


医師が出てきて、深く頭を下げた。

「命は助かりました。しかし、脳の損傷が大きく、意識の回復は難しいでしょう。」


歩美は言葉を失い、両手で顔を覆った。

その後ろで、菜穂はぼんやりとした顔をしている。


看護師がカルテに記録をつける。

ベッドサイドには人工呼吸器、点滴の管、心拍モニター。

電子音が小さく、しかし絶え間なく響いている。

“ピッ、ピッ”というその音だけが、この病室に生命の存在を知らせていた。


窓から射し込む光が、三浦の頬を照らす。


少女の声が静かな病室に落ちる。

菜穂は、服の袖を少し引き上げ、消毒液の匂いを吸い込んだ。

白い花を花瓶に挿した。

歩美は同じ言葉を繰り返す。


「早く起きてよ。菜穂も、寂しそうだよ。」


三浦の瞳は閉じたまま。

まつげの先が、わずかに震えることもない。

呼吸音と機械の電子音だけが、菜穂の声をかき消していく。


歩美は、病室の外で医師と話していた。

「回復の見込みは……?」

「先程も申し上げた通り…残念ですが、生きている事が奇跡なほど脳の損傷が大きく……奇跡でも起こらない限り、意識が戻ることはないでしょう。」

歩美は深く頭を下げると、手に持った書類を震える指で握りしめた。

「家族のために働き続ける」と書かれたその誓約書が、彼の延命の根拠となっていた。


「菜穂、貴方は学校へ行きなさい。お父さんは私が見てるから。遅れてることは連絡しとくから。」


しばらくして病院の廊下をひとりの青年が歩いていた。

あかし。

「……会わせてもらえますか。三浦さんに。」

受付の看護師が一瞬戸惑うが、名簿を確認してうなずいた。


病室の扉を開けると、機械音が彼を迎えた。

かつて屋上で見た、あの強張った表情はもうなかった。

ただ静かに、生命の残滓だけが横たわっている。


あかしは小さく息を吐いた。言葉を失う。

そこには哀しみでも怒りでもない――ただ事実だけがあった。


機械音が、再び静寂を破った。

“ピッ……ピッ……”

歩美は言う。

「貴方は・・・会社の同僚の方ですか?」

あかしは言う。

「あーいや、そうじゃないんですけど、三浦さんとは、話したことが少しあって。」

「そうですか。・・・」

残された青年の耳には、その無常な言葉と機械の音だけが永遠のように響き続けていた。

病院の廊下に、朝日が差し込んでいた。

ガラス越しに見える街の灯が滲む。

歩美は窓の外をじっと見つめていた。

父はまだ、同じ姿のまま。

人工呼吸器が淡々と音を立て、ベッドの上では時間が止まっているようだった。


「なんか、すみません。また来ます。」


その後、あかしは他の病院内を見て回った。

「生きることは良い事なのか」とつぶやきながら。


朝日が夕日に変わった頃、

歩美は菜穂に言葉をかけ、五千円を渡す。

「それご飯代ね。なんか食べて。」


夜、菜穂は机の上に並べた写真を見つめていた。

父と歩美、三人で出かけた公園の写真。

そこには笑顔があった。


だが今、菜穂の部屋には笑い声も、誰かの気配もない。そこで菜穂は理解した。

ただ、時計の針の音だけが響く。


菜穂はしばらく動けなかった。

指先が震え、涙が頬を伝う。

夜遅く、菜穂は夜ご飯を買いに近所のショッピングモールに出た。

風が冷たく頬をなでる。街の光が揺れている。


握りしめていた手が、わずかに緩む。

そして、彼女はゆっくりと夜空を見上げた。


星は見えなかった。

だが――遠くで、人工呼吸器の“ピッ、ピッ”という音が、今もどこかで鳴っている気がした。


菜穂はその音を思い出しながら、かすかに呟いた。


「大丈夫。…」


その声は風に消えたが、確かに彼女自身の中に残っていた。


結局、食欲が湧かなかった。


このとき、菜穂は家の街頭の影に人影を見つけた。

その人影は、菜穂の姿を見つけると、そそくさとどこかへ消えていった。


いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。


重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。


彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。


一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。


次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。


次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

次回更新日:10月26日 18時,22時(社会情勢によって変動。)

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