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第五話:雨音の夜明け

【注意事項】


本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。


読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。


心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。


※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。

ニュースキャスターが淡々と報じる。

「人気俳優・小波武さんの死因は大量失血による自殺と断定されました。遺書も発見されております。また、遺書には事務所からパワハラを受けたことも書かれていて・・・」


報道陣は現場周辺に集まり、連日取材合戦が繰り広げられた。

まだ薄暗い街角に、報道陣が次々と集まり始める。

カメラマンが三脚を立て、照明機材をセットしながら慌ただしく動く。

記者たちはスマートフォンやメモ帳を手に、情報の確認や連絡に追われていた。


「今日のトップは小波武の件で決まりだ。速報の準備はいいか?」

編集長が編集部の広いフロアで号令をかける。


編集部ではディレクターや編集者が画面を見つめながら、見出しや本文の文言を何度も擦り合わせていた。

「『人気演歌歌手、遺書を残し自殺か』でいくが、もう少し柔らかい表現にしたほうがいいのでは?」

「過激すぎると遺族からクレームが来るからな」


一方、現場の記者・川端 千代 (かわばた ちよ)は関係者へのアポ取りに奔走していた。

「マネージャーの佐藤さんとは明日午後に会えそうです」

「ファンの声も集めたいので、近隣のカフェで聞き込みを始めます」 


しかし、どの証言も表向きは一致していた。

「自殺でした」

「遺書もありました」

「精神的に疲れていました」


小波の所属事務所はその後、複数のタレントに違法接待があったことを認め、事実上事務所は解散を余儀なくされた。そして、

報道は自殺という結論を支持し、社会的には事件は終息に向かっていた。


一方、新宿、裏通り。

沢城組の事務所前、アーロンはビルの影に溶け込むように歩き、裏口から侵入する。

中では、昼から5人の若い組員と奥に銀のジャケットをきた大男が鎮座していた。彼らは酒を飲み、テレビのバラエティ番組を見ていた。

武の弟・清が出演する予告映像が流れ、組員の1人がこう下品な笑い声とともに言葉をかける。

「兄貴、そういえばこいつの兄ちゃん死んだみたいですぜ。」

「事務所を売った裏切者は成敗しないとね。」

「兄貴が死んだから、次はこいつから絞るか」


その言葉の直後、室内の照明がふっと消えた。


暗闇の中、乾いた音が六度響く。

灯りが戻った時には、組員は全員微動だにしなかった。

血の匂いだけが、部屋を支配していた。


その後、匿名の通報で沢城組の残党を含め沢城組は完全に壊滅した。


アーロンは懐から封筒を取り出した。

中には契約金の一部と、一枚の写真。

そこには防波堤で笑う兄弟の姿があった。


「依頼は完了しました、武さん」

そう小さく呟くと、アーロンは闇に消えていった。


***


両親を早くに亡くし、清と兄はずっと二人で支え合いながら生きてきた。

家族の絆は、血のつながり以上に強かった。


だからこそ、兄の突然の訃報は清にとって計り知れないほどの喪失だった。


誰もいない部屋の中で、清は膝を抱え込み、涙が頬を伝った。

「兄貴……なんで、俺を置いていくんだよ……」

声は震え、嗚咽は止まらなかった。


彼にとって兄は、ただの兄弟以上の存在。

生きる支えであり、家族のすべてだった。


孤独が一気に押し寄せ、清はぽつりと呟いた。

「もう一人ぼっちだ……」


その夜、清の部屋は静寂に包まれた。


兄を突然失い、清は駅前のベンチで力なくうなだれていた。

涙が頬を伝い、冷たい夜風が頬を刺す。


「大丈夫ですか?」

不意に、傍らから優しい声がした。

顔を上げると、そこには買い物帰りと思しき


中年の男性が立っていた。見覚えのない顔だった。


清は慌てて涙を拭い、「大丈夫です」とだけ答えたが、声は震えていた。

男性はそれ以上詮索せず、自分の手に持っていた温かい缶コーヒーを差し出した。

「これ、飲んで。あったまるから」


受け取った瞬間、缶から伝わる温もりが、胸の奥の冷たさを少しだけ和らげた。

「……ありがとうございます」


男性はにこりと微笑み、何も聞かずに去って行った。

見知らぬ人の何気ない優しさが、清の心に小さな灯をともした。


兄の遺品整理を始めたのは、四十九日を過ぎた頃だった。

擦り切れた財布、いつも着ていたジャケット――

一つひとつに思い出が宿り、手を止めるたびに涙が滲んだ。

それでも、清は箱にしまいながら呟いた。

「兄貴、ありがとうな」


仕事にも少しずつ復帰し、以前は兄に頼りきりだった家事も、今ではすべて自分でこなせるようになった。

失った悲しみは消えないが、その悲しみと一緒に歩く術を覚えたのだ。


それから数日後清は墓前に立っていた。手にはあの日と同じサイダーラムネ。

「兄貴、誕生日おめでとう。俺、元気になったよ。ちゃんと笑えるようになった」


そう言って瓶を置き、空を見上げる。

雲の切れ間から差し込む光が、まるで兄の笑顔のように優しく清を包んだ。


清は深く息を吸い込み、まっすぐ前を向いた。


読んでくださり、ありがとうございます。




重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。


彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。




次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。


次回更新日:2025年8月24日(日) 7時,8時,10時,12時,16時,18時,20時,22時(社会情勢によって変動。)

次回予告:8話投稿を予定。ある秀才の話しです。

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