第四十七話: 夜に立つ者
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
夜十時。
社員は帰り、誰もいないオフィスで、蛍光灯の光だけが静かに鳴っていた。
机の上には、今朝から開けていない弁当箱。ふたの隙間から、卵焼きの香りがかすかに立ち上っている。胸がきゅっと締めつけられた。
「帰ったら食べるよ」――その約束すら、守れそうにない。
目の焦点が合わなくなり、頭がぼんやりしてくる。キーボードの上に置いた指が、時折、勝手に震えた。
深呼吸をしようとしたが、空気が肺に入らない。何かが詰まっているような感覚。自分の身体が、少しずつ“自分”から離れていくようだった。
頭の中には常に何かに追い立てられている感覚があり、今にも発狂してしまいそうだった。
無理やり立ち上がり、屋上へ出る。
夜風が頬を打った瞬間、視界が一瞬だけ白く弾けた。まるで血の気がすべて引いたように、世界が遠ざかる。
三浦は手すりに手をかけ、呼吸が浅く荒いことに気づかず、自分の体がいつもより重いことも認識できなかった。頭の奥が鈍く痛む。肩や胸の奥の痛みも、眠気のせいだと自分に言い聞かせる。
「……こんなはずじゃない」
小さく呟く声も、風にかき消される。目の前の街灯が揺れて見えたが、脳が疲弊しすぎているのか、注意が散漫で意味をなさなかった。
その時、ビルから見える青年は夜の街を彷徨うように立っていたが、目だけは三浦に向けられている。
「……また、か」
三浦は無意識に肩を震わせる。体が自分の意志に従わず、視界もふらつく。
自販機が、ぼんやりと光っていた。
私は足を引きずるように近づき、小銭を入れる。缶コーヒーを手に取ると、金属の冷たさが指に染みる。その冷たさが、まだ「生きている」という唯一の感覚だった。
スマホを取り出す。画面には、昨夜開いたままのサイト。
『死を望む人に、最後の尊厳を与えるサービスです。』
唇が震える。
“もし、本当にこれがあるなら”――その言葉が、頭の奥にゆっくりと沈んでいった。
そんな時だった。後方から声がした。
「貴方ですね。私のサイトにアクセスしたのは?」
帽子を深々と被った清掃員が静かに立っていた。
「誰だあんた?まさか不審者!警察呼ぶぞ」
「青年が言っていた、QRを渡したおばあさんですよ」
「貴方でしたか?どうしてここに?」
「貴方にある提案をきたんです」
「提案……?」
「私なら、貴方が望んでいた事故死に……おっと、誰か来たようです」
その時、青年が現れた。
「大丈夫ですか?さっきフラフラしているのが見えたので、つい」
「あかしさん?」
「昨日あんなことがあったので、念のため今日も来てみたんです。そしたら、フラフラして落ちそうだったので」
「それより聞きましたよ。事故死がどうのって、やっぱりアンタ死ぬ気なのか?」
「なんだ、貴方でしたか?この前はどうもありがとうございました。」
「あの時のおばあさん?なんで」
「私は三浦さんという方に聞きに来たんです。いきたいかと?」
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:10月19日 18時,22時(社会情勢によって変動。)




