第四十六話:終わらない日常、沈む命
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
三浦は深呼吸をしてから、指を動かした。
「なんだ、これ?」
「自殺請負人?いたずらなのか、妙に手が込んでいるな。でももし本当だったら…生涯お金が入る形で死ねるのか……わけ、私も疲れているな。寝るか、明日も早いんだ。もう日付が変わっているから今日だけど。」
私は自然と手が動いていた。
――“今日の夜、会社周辺で事故死”。
送信ボタンを押した瞬間、心の重しが少しだけ軽くなった気がした。
「・・・?確認?」
「本当によろしいですか?ー自殺請負人」
「はい―――いいえ」
・・・
私は明かりを消した。
3時間後、私はいつも通り起床し、静かに会社への準備をした。あのサイトのことが妙に気がかりだった。
妻が起きてきた。
「あなた、行くの?少し休んだら?」
「起こしてごめんね。」
「分かった。心配してくれてありがとう。でもまだ今日までの仕事が終わってないんだ。」
「はい、これお弁当。」
「いつもありがとう。でも今日は食べている余裕がないと思う。」
「そう、無理しないでね。」
会社に着くと、まだ誰も来ていなかった。
タイムカードを押す音だけが、がらんとした空間に響く。
蛍光灯の白い光が、徹夜明けの目に痛い。
机の上には、昨日の資料が山のように積まれていた。
終わりのない数字と、終わりのない日常。
終わらせても、また次が待っている。
パソコンを立ち上げながら、壁際の掲示板に目をやる。
「月次報告・未提出者」──そのリストの一番上に、自分の名前があった。
「……またか。」
小さく吐き出した言葉は、誰にも届かない。
そのとき、不意に昨夜のサイトの文字が脳裏をよぎった。
『死を望む人に、最後の尊厳を与えるサービスです。』
あり得ない。けれど、なぜか目を逸らせなかった。
“ここから解放される道がある”──そんな考えが、心のどこかに静かに沈んでいた。
「とにかくやろう。」
口の中でそう繰り返し、私は画面に向き直った。
指を動かすたび、カーソルが小刻みに震えて見える。
冷めたコーヒーの匂いと、コピー機の低い唸り音。
それらが一体となって、ただ時間を溶かしていく。
午前九時を過ぎると、同僚たちが次々と出社してきた。
挨拶の声が飛び交う中で、誰も私の方を見ない。
「おはようございます」と口にしても、返ってくるのは曖昧な笑みだけだった。
この職場に十年近くいるのに、いまだに自分の居場所が見つからない。
部下の失敗をかばって顧客に頭を下げた。
その結果、責任を押し付けられた。
「とにかくやろう。」
口の中でそう繰り返し、私は画面に向き直った。
指先が冷たく、マウスを握る感覚が曖昧だった。
目の奥がじんじんと痛む。
ここ数日、まともに眠っていない。
コーヒーと鎮痛薬だけで、どうにか身体を動かしている。
電話を切ると、心臓の鼓動がやけに早かった。
冷たい汗が背中を伝う。
昼休みも取らずに数字を打ち込み続け、気づけば午後三時。
エアコンの風が妙に熱く感じた。
「三浦さん、顔色やばいっすよ」
若手の声に、無理やり笑顔を作る。
「平気だよ。ちょっと寝不足なだけ。」
息を吸うたび、胸の奥が重くなる。
心臓が一定のリズムを刻んでいない気がする。
それでも手を止めることはできない。
止まれば、壊れてしまう気がするから。
私はこのとき働く理由が「生きたい」ではなく、「壊さないため」になっていると気づいたとき、胸の奥で何かが静かに折れた。
上司が言った。
「納期が間に合わない。三浦、今日も徹夜だな。」
そう告げ去っていった。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:10月19日 14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)




