第四十五話:最後の尊厳を与えるサービス
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
その日の夜も、会社を出たのは日付が変わる少し前だった。
「あ、貴方はあの時の青年」
「どうも、俺あかしと言います。順調そうですね。安心しました。今日はテッペンの前に帰れて」
「ご心配いただきありがとうございます。順調かどうかは分かりませんが……あかしさんは何故またこちらに?」
「これ、」と、青年はQRコードの紙を手渡した。
「この前の騒ぎの時に、このビルのご近所さんのおばあさんから、貴方に渡してくれって。いたずらや詐欺、ウイルスじゃないから安心して、と言われました」
空には月がなく、街灯の明かりだけが道路を照らす。
歩くたび、靴の音が乾いた路面に響いた。
昨日と同じ道。けれど、どこか違うようにも感じた。
家に着くと、玄関の明かりがついていた。
妻はもう寝ているはずの時間だ。
ドアを開けると、リビングのソファに座っていた妻。
テレビは消え、テーブルの上のマグカップからまだ湯気が立っている。
「起きてたのか」
「うん……おかえり」
「ただいま」
短いやり取りのあと、沈黙が落ちる。
私は上着を脱ぎ、ソファの端に腰を下ろした。
湯気の残るマグカップを見て、妻が小さく笑う。
「また遅かったね」
「ちょっとトラブルがあって。明日には片付くと思う」
「……そう」
その一言の裏には、言葉にできない距離があった。
家族の顔を見るたびに、安心と同時に、申し訳なさがこみ上げる。
自分がここにいるだけで、誰かを苦しめている気がする。
守りたいのに、壊してしまっているような――そんな感覚。
リビングの隅に置かれた娘のランドセルを見る。
端には、娘が描いたらしい落書き。
「おとうさん がんばってね」と、拙い文字で書かれていた。
あの文字が重くのしかかる。
“頑張れ”と言われるほど、もう頑張れない自分を痛感する。
それでも、止まることは許されない。
止まったら、すべてが崩れてしまうから。
胸の奥が、きしむように痛んだ。
涙ではなく、言葉でもなく、ただ“息”が詰まる。
リビングの窓の外では、朝刊配達のバイクの音が遠くで響く。
時計の針は午前四時を指していた。
もうすぐ朝が来る。
それでも――今夜だけは、少しだけ目を閉じていよう。
缶ジュースの残りを机に置き、私は静かにまぶたを下ろす。
自分の頑張りでは何も変わらない。
それでも働くしかない。
三時間の眠りのあと、重い体を起こし、スーツに袖を通す。
外はまだ薄暗く、風が冷たい。
会社までの道を歩きながら、胸の痛みが波のように押し寄せる。
「俺がいなくなったら、保険金で……」
そんな考えがふと浮かび、すぐに打ち消した。
「バカなことを」と口の中で呟く。
けれど、その声にはもはや力がなかった。
スーツのポケットに手を入れると、あの時のQRコードの紙が出てきた。
「これ、あの青年曰く、近所のおばあさんからもらったらしいけど、新手の勧誘か、まあいたずらなら、すぐにブロックすればよい。せっかくだから読み取ってみるか」
『死を望む人に、最後の尊厳を与えるサービスです。―自殺請負人』
不気味な静けさを纏ったサイト。
依頼フォームには名前も住所も要らない。
ただ、「どう死にたいか」と「いつがいいか」だけが求められていた。
三浦は深呼吸をして、指を動かした。
「なんだ、これ?」
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:10月19日 10時,14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)




