第四十一話:疲れた。
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
私は結局それから眠れなかった。
三日目:
私は、林康夫、ただの死が無い、ホームレスだ。今日は私の門出の日。
長いようで短かった。
朝日が昇ってきた。
医者との会話を終え、私はただ静かに軒先で肩をすくめた。
心の奥には、あのバザーの三日間の記憶が波のように押し寄せていた。
一日目。私はバザーの写真を撮っていた。人々が笑顔で雑貨を並べ、声を弾ませている中、私はただ立ち尽くし、シャッターを切った。しかし、周りからは煙たがれるか、ヤバいやつ扱いを受け、冷ややかな目で見られている。そんな気がして孤独感が胸を締め付けた。私は酒を飲み、その日を忘れた。
そして、あかが戻ってきたときのことは後々に聞いた。あかの手にはタッパーと茶封筒があった。あかは遠慮していたのだろう。
唐揚げを託しそそくさとどこかへ行ってしまったらしい。
二日目、疲れていたのか起きたのは正午頃だった。
通り過ぎる人々の視線が、胸に深く刺さる。母親は子どもの手をぎゅっと握り、息を潜めるように私を避ける。サラリーマンは舌打ちし、目で追うことさえ拒否する。警備員が僕のそばに来ると、ため息と共に「どいてくれ」と言わんばかりの目線を投げて去っていった。私はそこに居るだけで、邪魔なのだ。
「私なんて、いなくなったほうが……」思考が囁く。声に出さなくても、空気が私を排除しようとする。足音が通り過ぎるたびに、自分の存在が薄れていく。誰も僕を必要としてくれない。ここにいることすら、許されていないような気がした。一人のホームレスが走ってきた。「やっさん、探したぜ、あかが」
「どうした。あかが」
「取材を受けてるんだ。あいつ、働いていたらしい」
「いつのまに…店はどこわかりますか?」
「並並並っていう喫茶らしい。こっからすぐだ。」
「行ってみますか?」
「俺はちと準備しなきゃいけないことがあるから」
「分かりました。」
私は走った。まだ自分がこんなにも速く走れるのかと思うほど俊敏に走れた。
並並並に着くと、麦わら帽子を被った青年が何やら、おばあさんや大学生らと談笑しながら、おばあさんと同等くらいのスピードで唐揚げを詰めていた。
そして、店長から「延長」と声をかけられるほど頼りにされていた。
自分のことのように嬉しかった。
しかし、自分の無力感も感じた
しばらくみていると、どうやら終わりの時間らしい。
その手には昨日と同じ、タッパーと茶封筒があった。
そして、出入り口から出てきた。あかに声をかけた。
「おう、あか。お前、板についてきたじゃねぇか」
私はあかの肩を軽く叩いた。
「皆さんのおかげです」
「へっ、謙虚でいいこった……」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「そうそう。顔だけ見に来たんだ。邪魔しちゃ悪いと思ってな。……お前ら、えらい頑張ってるな。じゃあ、またあとで」
やっさんは短く笑った。
「……悪くねえな。人に必要とされるのって、こんな感じだったんだな」
私は取材陣の一人に声をかけた。
「お疲れ様です。これ二日間の写真です。今のうちに渡せる時に渡しておこうと思って。」
「やっさん、いつもありがとうございます。でも、今回は、取れ高あるんで、いらないです。」
「そうですか…」
「じゃあ、明日もあるんで」
と記者は足早に去っていった。
夜
働き口が見つかったということで、他のホームレスたちが、歓迎会をしてくれた。とても申し訳ない気持ちで胸が一杯だった。でも今更引き返すことは出来ない。
河川敷のテントの一角で、小さな宴が開かれた。
スーパーの惣菜や、コンビニの缶ビール。誰もが少しずつ持ち寄った。
「やっさん、住み込みで働くんだってな」
「おうよ。……もう、流れ者生活も潮時だ」
周囲は「すげえな」「頑張れよ」と口々に声をかけた。
私は普段通りの調子のように笑っているように徹した。
「……お前と一緒に過ごした夜、悪くなかったぜ、あかし」
やっさんは唐揚げをつまみながら、ぽつりと言った。
あかは
「働き先が嫌になったら戻ってきてもいいんですよ。やっさん。そうでしょ?そのときは、また一緒に酒でも飲もうよ。」
やっさんは言った。
「お前、酒飲めねえだろ?そういうのは飲めるやつが言うんだよ。大抵は」
どの口が言ってるんだ。と自分に対して思ってしまった。その時の自分がうまく笑顔が作れていたかは分からない。
やっさん「これ、プレゼント、全然お礼できなかったから・・・」
あかしは亀のストラップを貰った。
その時私は直感的に感じた。
「やっぱり、私はもう…」
そして、今に至る。
今日は三日目。雨は止んで天気は快晴。
あかは朝早くから、並並並に行った。
話を聞くとどうやら昼に向けての仕込みがあるらしい。
あかを見送って、しばらくして私も身支度を整えていた。
そのときに、ふいに背後から声がした。
「やっと見つけた。あのーすみません。その写真、私に売ってくれませんか?」
貴方はこの前の取材陣の一人の、「あ、ごめんなさい、私こう言うものです。」
と名刺を貰った。「ジャーナリストの川端さん?」
「でも昨日いらないって」
「それが昨日はうちの編集長が私がバザーを楽しんでいる時に勝手に断ったみたいで」
「楽しむ…?、まあいいですけど。差し支えなければ何に使うんですか?」
「知り合いの子が学校で忙しくて、放課後も来られなくなっちゃったみたいなので、せめて写真だけでもと思って。」
「はあ、そういうことでしたか。でもあなた方の写真じゃダメなんですか?」
「参加者と同じ目線で切り取った現場の雰囲気や感情がそのまま伝えられるので、取材で使わないのならぜひ欲しいです」
「そうですか、じゃあ私のでよければ、値段は少し色つけときますからこれ。」
と茶封筒を渡された。そして、彼女は足早に去っていった。
そして、私はへそくりをもって身支度をし終えると
「やっさん、ちいと早くねえか?まだ、昼過ぎだぜ」
「はじめてだから、何があるかわかんないだろ?」
「相変わらず、真面目だね」
「じゃあ、みんないってくる。あかにもよろしく伝えておいてくれ。」
「はいよ、任せとけ。たっしゃでな!」
人目を避けて近くの山に身を潜めた。そして腰を下ろした。
ポケットからくしゃくしゃになった新聞を取り出し、広げては目を細める。けれども文字を追うより、ページをめくる音の方が心地よい。
「ふう……」と一息つき、空気を吸い込み、ゆっくりと空へ吐き出す。
青空に息を吐き、すぐに消えていく景色を眺めた。
そして私は自殺請負人とあった場所へ向かった。
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夜:
「お久しぶりです。林さん、お変わりないようで安心しました。」
「順調そうで安心しました。」
振り向くと、自殺請負人――静かに佇む人物の目が、夜の光にわずかに反射していた。
「……そうだな。」
私は小さく頷く。
「じゃあ、河川敷に行きましょうか?」
請負人は静かに頷く。
「書きましたか?エンディングノートは?」
「エンディングノートはない。何も残すものはないからだ。」
「決まりましたか?願いは?」
「願いは・・・いらないよ。」
「お金はへそくりから出した。この茶封筒に入っている。さっき取ってきた。」
「そうですか。」
「ある人から小さな甘さが心を呼び戻す。と助言を貰った。でももう何も考えたくない。日に日に憂鬱になっていくこの気持ちに対してできることは限られている。」
「私はただ疲れていたんだ。でもこの疲れが回復する事は無い。だから楽にしてくれ。」
私は小さく頷く。
「頼む。」
請負人は微かに笑った。
「貴方の望みのままに」
孤独と葛藤を思い出しながらも、私は目を閉じた。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:10月12日 10時,14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)
次回予告:青年の運命と新章突入




