第三十二話: バザーのホームレス
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
しばらく車を走らせていると、カーラジオからニュースと交通情報が流れ出した。
「……先ほど赤林第七交差点付近で、飲酒運転によるとみられる衝突事故が発生しました。これにより、周辺では大規模な渋滞が——」
続いて、どこか陽気なBGMと共に、地元イベントの宣伝が流れる。
「さて、そんな中、赤林市では本日より三日間、『赤林バザー市』が開催されます! 地元商店による出店のほか、福祉団体のフリーマーケット、ステージイベント、そして名物の——」
タイヤが赤信号の前で止まる。
ふと、ナビに目をやると、通行ルートが赤く染まっていた。
事故による渋滞。思ったより長引きそうだ。
私はタッチパネルを指先でスクロールさせ、別ルートを探す。
その手つきに、焦りはない。
こうなる可能性は、最初から想定していた。
ナビを見つめながら、ほんの少しだけため息をついた。
* * *
一方その頃、赤林バザー市の会場では、朝の光の中で準備が着実に進んでいた。
テントが立ち並び、ボランティアや市職員が次々と荷物を運び込む。
地元の学生たちも参加しており、ステージ横では音響のチェックが始まっていた。
会場全体が、徐々に“非日常”に染まり始めていた。
そんな喧騒の少し外れ、空き地の片隅では、二人のホームレスが話をしていた。
「あか。今日から三日間は俺のおごりや。好きなもん飲め」
やっさんが差し出してきたのは、スーパーの袋に入った缶ジュースと袋パン。いつもより、ちょっとだけいいやつだった。
「何張り切ってんだよ、やっさん。まだバザー始まってすらいねえのに」
「いやぁ、祝い事だからな。……いろいろ区切りもいいし。」
「働き口決まったからって、まだ引っ越しまで時間あるんだろ?」
「まあまあ。でも、段取りってやつがある。心のな」
やっさんは缶ジュースを開け、ぐいっと飲んでから笑った。
「お前さ、朝メシちゃんと食ったか? 朝の空腹は、心にも毒だ。」
「そんな昭和の親父みたいなこと言うなよ」
「ふふ。……ま、だけど、ちょっとは言いたくなるもんだ。今のうちにな」
「今のうち?」
「なんでもない。あのさ……この街、案外好きだった。」
唐突に、そんなことを言い出す。
「え、いきなりどうしたよ。柄じゃねえ」
「ふふ。せやろな。でも、お前と出会えて、ほんま良かったと思ってる。」
「……なんか気持ち悪いぞ。どしたんだよ」
「いや、ほんとうに感謝してる。……そういうの、言える時に言わないとな。後悔するからな」
やっさんは煙草を取り出して火をつけた。けど、いつもみたいに深く吸わず、ただ煙を見つめていた。
「……なあ、もし、いなくなっても、ちゃんと食って、寝て、生きろよ」
「なに縁起でもねえこと言ってんだよ」
「せやな。ごめんごめん」
笑いながら、やっさんは立ち上がった。
「さて、行くか。最後まで手伝わないと。……また昼にでも、な」
「おう、わかったよ」
やっさんは少しだけ手を振って、いつもより静かな足取りで、バザー会場の方へ消えていった。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:9月21日 22時(社会情勢によって変動。)
次回予告:青年からやっさん




