第三十一話:死を拾う人
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
前の車が不自然な加速で飛び出したこと。
明らかに蛇行していたこと。
赤信号を無視して突っ込み、ブレーキも踏まず、そのままガードレールに激突したこと。
「助手席にチューハイの空き缶が転がっていました。恐らく飲酒でしょう」
「……確認してみます。さすが先生、冷静ですね」
「医者ですから。事故現場の血程度で取り乱すようじゃ、務まりませんよ」
若い警官たちが現場保存と写真記録を始める中、高坂は「やはり、助かります」とこぼした。
「いつも迅速で、冷静で。こちらとしても本当にありがたい。現場がスムーズに回る」
「私にできるのはそのくらいです」
「いやいや、地域医療の鑑です。本当に」
私は、スマートフォンで撮っておいた事故直後の写真を高坂に手渡す。被害者の倒れていた位置、車の停止距離、缶の位置。些細なことでも、最初の数分の情報は貴重だ。
「……これ、使わせていただきます」
「もちろん。どうぞ」
高坂は写真を確認しながら、しばらく沈黙した。
「それにしても……最近は、なんだか物騒ですね」
「そうですね。静かな町の“はず”なんですが」
高坂はそれ以上言わず、部下たちへ指示を飛ばすため背を向けた。
私はひとつ息を吐き、空を見上げる。
6時50分。まだ予定には余裕がある。
救急隊が運転手と被害者の遺体に布をかけ、現場は徐々に封鎖され始めていた。人だかりができる前に、私は立ち去ることにした。
車に戻ろうと歩き出すと、高坂が振り返って手を上げる。
「本当に助かりました。お気をつけて、先生」
「ご苦労様です」
私は短く答え、再び自分の車へ乗り込む。
エンジンをかけると、ラジオが途切れ途切れに事故の速報を読み上げていた。
窓越しに見えるのは、警察と救急の車列。
遠くから、数台の報道車両が近づいてくるのが見えた。
カーナビの表示に目を落とす。
——バザー開始まで3時間。
「……まだ十分、間に合うな」
私はハンドルを握り、静かに車を発進させた。
どれほど血が流れても、どんな騒ぎになろうと。
あの運転手も、二人の若者も、“死”を選んだわけではなかった。
だが、死は平等にやってくる。望んでも、望まなくても。
車は静かに発進した。
東の空には、雲間から朝日が覗いていた。
しばらく車を走らせていると、カーラジオからニュースと交通情報が流れ出した。
「……先ほど赤林第七交差点付近で、飲酒運転によるとみられる衝突事故が発生しました。これにより、周辺では大規模な渋滞が——」
続いて、どこか陽気なBGMと共に、地元イベントの宣伝が流れる。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:9月21日 16時(社会情勢によって変動。)
次回予告:視点が戻ります!




