第三十話:死を日常とする医師
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
私はすぐにドアを開けて車を降りた。背後では、誰かが悲鳴を上げ、ざわめきが一気に広がっていくのがわかる。
とっさに携帯を取り出し、警察へ通報を入れた。
前方には、ひしゃげた車体と砕けたガードレール。
運転席には、頭をフロントガラスにぶつけたまま動かない男の姿。助手席には缶チューハイの空き缶が転がり、衝撃でドアが開いた拍子にそれが落ち、アスファルトに中身をこぼしていた。アルコールの甘い匂いが鼻をつく。
そして——数メートル先。
横断歩道の端に、あの若者二人が倒れていた。
血に染まったシャツ。力の抜けた四肢。
もう、息はしていない。
彼らに声をかけることなく、私は静かに運転席へ近づいた。
男の首元に指をあて、脈を探る。
……すでに鼓動はなかった。
飲酒運転による死亡事故。しかも二人の歩行者を巻き込んで。
これは、少し長くなりそうだ。
私は携帯を取り出し、ある人物へメッセージを打ち込む。
「協力医の野暮用が入った。問題はない。顔は必ず見せるから安心してくれ。晴れ舞台の日にすまん。」
送信を終えて空を仰ぐ。
今は、早朝6時。
事故の対応で現場に拘束されるのは間違いない。
バザーの開始は10時、——まだ余裕はある。
「まあ、まだあいつは寝てるだろうな」
呟いてから、私は現場保存のために目撃者に声をかけ、交通整理の必要がありそうな場所を歩いて確認した。
どんなに血が流れようと、騒ぎになろうと。
私にとって“死”は、日常の一部にすぎない。
私は一歩後ろに下がり、腕時計の針を見つめながら、小さく息を吐いた。
やがて、サイレンの音が近づいてきた。
早朝の町を切り裂くように、赤色灯の明滅が交差点を染めていく。数分後、パトカー数台と救急車が到着し、制服警官たちが一斉に現場へと走り出した。
その中の一人が私に気づき、別の上官らしき人物を手招きする。
「高坂さん、こちらが第一発見者の……」
降車してきたのは、よく知る顔だった。
高坂警部補。
町内の自殺未遂や事件現場で、過去に何度も顔を合わせている。
「おはようございます、高坂警部補。通報は私です。状況、お話しましょうか」
「おはようございます、晴沢先生」
「……先生をご存知で?」と制服警官。
「この方は、我々の協力医です。去年の橋の飛び降り未遂の時も、数か月前の例の自殺の時も立ち会ってもらいました」
「ええ、何かあれば声をかけてもらっています」
高坂は軽く頭を下げると、すぐに録音モードの端末を取り出した。
「では、お願いします」
私は淡々と語る。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:9月21日 14時(社会情勢によって変動。)
次回予告:・・・




