第二十八話: 声が消える夜に
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
記者は足早に去っていった。
私はその場に取り残され、缶コーヒーのぬるい重さだけを感じていた。
行くべきか、行かないべきか――。
正直、どうでもよかった。
生きたい気持ちはまだ湧かない。死にたい気持ちも消えていない。
あの日、青年を助けたのも、結局は自分が死に損なったからだった。
「時間が傷を癒す」と誰かは言ったが、どうしてそこまでして生き続けなければならないのか、その理由はあの日からずっと分からないままだった。
あの青年を助けた夜、妙な責任感が芽生えた。
今思えば、それは単なる偶然の連鎖だったのかもしれない。
それでも、誰かの命に触れた感覚は、体の奥に重く残った。
自分が生きる理由を見つけられずにいる私は、その感覚だけを頼りに歩いてきた。
――結局は、自分が死に損なったから、声をかけただけなのだ。
――「誰も助けてくれない」
それは、私自身が吐き出した叫びのように心を刺し続けていた。
ならいっそ確かめてみてもいい。
噂が嘘ならそれでいい。
本当なら――終われる。
私は向かうことにした。
二日後――。
あの日と同じ河川敷。しかし、雰囲気はあの日と違い、更なる静寂に包まれていた。
空気は冷たく張りつめ、川面に映る街灯の光さえも遠ざかって見える。
その時、背後の暗闇から声がした。
「あなたですね。林さん」
振り返ると、街灯の届かない影の中に人影が立っていた。
声は落ち着いているが、どこか底知れぬ威圧感を帯びていた。
「初めまして。私が――自殺請負人です」
その言葉を聞き、息を呑む。鼓動が一瞬止まる。噂、幻、冗談だと思っていたものが、
目の前の現実となって現れた。
私は息を呑んだまま立ち尽くす。
「単刀直入に聞きます」
私の目をまっすぐ射抜くように見据え、言葉を重ねた。
「貴方は今でも、死にたいと思っていますか?」
鼓動が乱れ、胸の奥がざわめく。
問いかけに対する答えは、ずっと前から自分の中にあったはずなのに、喉が強張って声にならなかった。
やがて、かすれた言葉が漏れる。
「……はい。思っています。今でも」
暗闇の中で、
逃げ場のない視線に射抜かれながら、私は吐き出すように続けた。
「……生きる理由なんて、もうどこにもないのに、私は死にきれなかった。」
冷たい夜風が頬を撫でる。沈黙を破ったのは、男の低い声だった。
「なるほど。だから、私を探した。」
私はうなずいた。
「あの日……青年に声をかけたのも、自分が生きたかったからじゃない。……だからこそ、あなたに頼むしかないんです。一人だと、また失敗してしまうから。」
「分かりました。ではどのような最後がご希望ですか?」
私は肩を震わせながら答える。
「……バザーの後、人々の姿がまばらになった河川敷の隅で、ひっそりと……」
闇に潜むその声が、夜風の冷たさ以上に私の背筋を凍らせる。
「ああ、このまま消息を絶てば、必ず他のホームレスたちやあかしは私を探す。だから、住み込みの職を見つけた事にして、そのまま消息を絶つ。」
「だから、数週間後のバザーの後の方が現実味がある。」
「分かりました。では、またバザーの後にお会いしましょう。」
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
次回更新日:9月14日(日)22時 (社会情勢によって変更)
次回予告:いよいよ当日。視点がガラッと変わります。でも安心してください。本編です。




