第二十六話:性分
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
――翌朝。
「ここは・・・?」
「目覚めたか。私は、林 康夫。ホームレス。あんた名前は?なぜ死のうとした?」
「あかし・・・そう呼ばれていた。それ以外は分からない。」
「分からないどういう事?」
「覚えてないんだ。よく自分のことを・・・」
「そうか・・・難儀だな。」
私は自販機で拾った小銭で買ったばかりの缶コーヒーを、あかしに差し出した。
「飲め。少しは温まる」
震える指先で缶を受け取るあかしを見て、胸の奥に過去の光景が蘇る。
海で、瓦礫の中で、任務の中で見てきた人々。
死にたくても死ねず、呻き続ける者。
生活が困難でも必死に生きようとする者。
――その誰もが、生と死の狭間でもがきながら、それでも息をしていた。
だから、私は言った。
「死ぬな。生きろ。……今は、何もなくてもいい。人間ってのは、それでも、なんとかなるもんだ」
身分証も、金も、そして記憶すらあまり持たないあかしを、私はどうにかしようと考えた。
せめて施設に預ければ、温かい食事と屋根の下で眠れるはずだ。そして私の役目も終えられる。――そう思い、警察へ足を運んだ。
だが、その場で彼は突然ひどい動悸に襲われ、荒い息とともに崩れ落ち、顔は青ざめていた。
今にも呼吸が止まりそうだった。
「落ち着け、大丈夫だ!」
私は必死に背をさすりながら声をかけた。
……それでも、あかしの恐怖は収まらなかった。
警察の制服を目にするだけで、身体が拒絶するかのように震え続ける。
無理にでも預けるべきか――それとも。警察を前にして崩れ落ち、結果的に引き取らざるを得なかった。
迷いの中で、私は自分の胸に手を当てた。
「……ここでしばらく、一緒にいよう」
その言葉は、自分自身への覚悟のように重く響いた。
その後私は、極力普通の生活をした。
「ほら、あかし。今日は味噌多めにしてやったぞ」
発泡スチロールのどんぶり。具なんてほとんど無いのに、あかしは美味しいと言って飲んでくれる。
私は彼を元気づけるため、沢山話をした。
「昔、結婚してたんだぞ、俺」
「マジで?」
「信じられんかもしれんが、バンドやってた時期もあるんや」
「……いや、それはもっと信じられん」
2人で笑った。
私は話したくないことを、無理に聞いたりはしなかった。
お互い話したいことだけを、ぽつりぽつりと語った。
未来のことも、無理に語らない。今を生きる、それだけだった。
ある日、あかしから「もう、このままじゃダメかもしれない」と相談を受けた時、
私は静かにこう言った。
「逃げたっていい。けど、自分から命を捨てるのは、良くないんだと思う。誰かが手を差し伸べた時に、生きてる自分がいないと、それを掴むこともできない」
あかしの心に届いて欲しい。なぜか、あかしに生きて欲しいと私は思っていた。
あかしが一人前にどこでも生活できるようになるまで自分が食う分を少し削ってでも与え、炊き出しを一緒に受けに行ったりと生活術や言葉で支え続けた。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
次回更新日:2025年9月14日(日)14時更新(社会情勢によって変動あり。)
次回予告:あかしの存在とちらつく自殺請負人の影




