第二十四話:気乗りしない英雄
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
私は、ロープをもって人目のつかない小さな河川敷の橋下に訪れた。
そこには、そこには、泥にまみれた薄着の青年が川岸に倒れていた。上着は見当たらず、冬の冷気にさらされた体は震えながらも、まだかすかな意識を保っている。
「……死にたい……死にたい……」
掠れた声が、途切れ途切れに漏れる。私は慌てて駆け寄り、肩を揺さぶった。
そのとき、青年のすぐ横に小さなメモ用紙が落ちているのに気づく。泥で滲んだ字で、こう記されていた――「自殺請負」。
私は思わずそれを握りしめ、青年の顔を覗き込む。
すると彼は唇を震わせながら、まるでメモの文字をなぞるかのように、か細い声で繰り返した。
「……自殺……請負……」
私は青年の肩に手を置き、必死に揺さぶった。「自殺はダメだ。生きるんだ!」私はその青年にかけた。
その声は自分自身の耳にも遠く、どこか空虚に響いた。
青年は震える唇でつぶやく。
「……誰も助けてくれない……」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
――誰も助けてくれない……それは俺自身のことでもある。
自分が路上で、凍え、空腹に耐えながら、ただ日々をやり過ごしていることを思い出した。
私はロープをそっと手放し、代わりに腕を差し伸べた。「一緒にここを出よう。君がどんな過去を抱えていようと、ここで終わる必要はない。」
青年は一瞬ためらった後、私の手をぎゅっと握った。冷たく湿った手だった。
その青年は気を失った。
そして、その瞬間、橋下の冷たい夜風に混じり、あの言葉が再び響いた。
「自殺請負……」
――この言葉は偶然ではない。
いや、偶然など、もうこの場所には存在しないのかもしれない。
川岸から少し離れた場所へとその青年を導いた。
「体が冷えている……」
夜の河川敷に、沈黙と水の音だけが残った。
私は自分でも理解できない感覚に囚われていた――
――まるで、誰かに導かれるように、この場所に、そしてこの青年に出会ったのだと。
この夜が、私の人生を、そして青年の人生を、少しずつ変えていく――
そんな予感だけが、静かに胸を満たした。
私は青年を抱き上げ、橋下の闇を背に、ゆっくりと河川敷を歩き始めた。
ぬかるんだ土に足を取られそうになりながらも、青年の体を揺らさないよう慎重に抱きしめる。
「大丈夫……もうすぐ、安全な場所に着く」
小さな声でつぶやく。自分の声は、夜の静寂に吸い込まれるようにかすれていた。
遠くに見える、使い古された小屋の明かり。
河川敷沿いの廃材で作られた簡易の隠れ家だ。
ここなら外の冷たい風を避けられ、夜を凌ぐことができる。
私は石や湿った草に足を取られないよう注意し、一歩一歩慎重に進む。
途中、青年の体が微かに震え、吐息が白く立ち上る。
毛布をさらに巻き直し、背中をそっとさすりながら歩く。
やがて小屋の扉にたどり着き、軽く戸を開ける。
中は狭く、冷たい空気が残るものの、外よりはずっと安全だ。
床に毛布を敷き、青年をそっと横たえる。
「ここなら大丈夫……落ち着いて」
まだ震えが残る肩に手を置き、体温を伝えるようにそっと抱き寄せる。
青年はかすかにうなずき、目を閉じたまま、少しずつ呼吸が整っていく。
外では夜風が河川敷を吹き抜ける音がする。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
次回更新日:9月7日(日)22時 4話更新。 (社会情勢によって変更)
次回予告:海自の英雄何を思う。




