第十四話:刑事 真田 治の杞憂な一日
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
帰宅途中のことだった。
少年は後ろからついてくる知り合いたちを振り切った。
「なんだよ、晴氏どこ行った? 吉川、お前の方にいるか?」
「毛利、晴氏いないよ」
「くそ、また巻かれたか。次こそ家を見つけてやる」
そのやり取りを、木陰に隠れて聞いていた。
彼らが去るのを確認すると、思わず小さく笑みがこぼれた。
「全く、懲りないやつらだな。相変わらずだ……」
――そこで私は目を覚ました。
「……夢か。嫌な夢だったな……相変わらず」
私の名前は真田治。
捜査一課の刑事で、今は先輩の高坂の部下として働いている。
昨夜は高坂さんと一杯やった。
「昨日の酒が残ってるのか……よりによって、卒アルが行方不明ってのに」
朝7時、ため息をつき、朝食の準備を始める。
トーストを焼き、フライパンに卵を落とす。黄身がぷっくり膨らみ、油がじゅっと弾けた。
インスタント味噌汁を椀によそい、食卓に並べる。
「いただきます」
頭痛はかすかに残っていたが、温かいものが胃に入ると少し和らいだ。
テレビからは軽快な音楽が流れる。
『今日の運勢、第六位はおうし座です。周囲への感謝を忘れずに』
「はいはい、感謝してますよ」
コーヒーを流し込み、散歩に出た。
初夏の名残を感じる空気。街路樹の葉は色づき始め、遠くで蝉の声が細々と続く。
川沿いを歩けば、ジョギング中の親子や犬を連れた老人とすれ違った。時計は8時を指している。
「平和だな……」
刑事としての職業柄、その平穏がかえって不気味に思える。
そのころ警視庁では、事件発生の報が入り、署内は静かな緊張に包まれていた。
高坂は資料に目を通しながら、課長に内線で連絡を入れる。
「課長、休日ですが緊急の捜査協力をお願いしたいのですが」
課長は少し考え込んだ後、低い声で答えた。
「わかった。真田刑事を呼び出すよう手配してくれ」
高坂は頷き、無線を手に取る。
「真田、課長からの依頼だ。至急署に来てくれ」
携帯が震え、低く簡潔な高坂の声が響く。
「急遽警視庁に来られるか。すぐ終わる」
私は即答する。
「分かりました。今日は予定がないので、一時間後に向かいます」
「すまん」
「いえ、これも仕事です」
帰りにスーパーで食材を買い、袋を手に階段を上がると、上階が妙に騒がしい。
9時30分:
1413号室の田中おばさんの背中が見えた。
「落ち着いて……とにかく……!」
「どうしました?」と声をかけると、田中さんは震えた手で隣を指さす。
「1412号室の小島ちゃんが――」
「放っといてよ! もう全部嫌なんだ!」
小島さんの叫びが響いた。
咄嗟に手すりを越え、隣のベランダへ飛び移る。
田中さんが悲鳴を上げた。
驚いた目で小島さんがこちらを見る。
「大丈夫か? 何かあるなら話を聞かせてくれ」
田中さんが慌てて口を開く。
「大丈夫? アンタ、ご両親呼ぶ?」
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
小島さんはそれだけ言った。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
次回更新日:2025年8月31日(日) 8時
次回予告:助っ人登場!。




