第十話:私の行きたいところは
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
――二日後。
面接会場には、場違いなほど緊張していない者たちも混ざっていた。
質問をされても黙り込む女性、よれよれのスーツに金髪で眠たげな青年――彼らを横目に、彼女は自信に満ちた声で答えた。
言葉は淀みなく、表情も引き締まり、準備は完璧だった。面接官の一人は、わずかに微笑み頷いた。
……勝てる。そう確信した。
しかし、数日後に届いた封書を開いた瞬間、その確信は音もなく崩れ落ちた。
事務的な文面の末尾に、淡々と綴られた一文。
「今回は、社内規定によりご期待に添えない結果となりました。」
理由はどこにも書かれていない。
後になって、もう一度会社の前に行くと、職員同士の雑談が耳に入った。
「……Hard Bankの会長の息子が入社することになったらしい。次期プロジェクトの融資条件と引き換えだとか」
「そりゃあ、銀行のトップを怒らせたら会社が持たないな」
「面接中に居眠りしてても受かるわけだ」
「……じゃあ、最初から枠は埋まってたんだな」
夜の風は冷たく、路地裏に差し込む街灯の光も頼りない。足元の影が異様に揺れ、木の葉がかすかにざわめく。心臓の鼓動だけが耳に残る。
私は焼きそば屋の裏の路地裏に向かった。
請負人は、暗闇の中で低く囁いた。
「……では、契約を果たしましょうか」
「はい、お願いします」
その瞬間、胸の奥で何かが静かに途切れた。胸の中の言葉を全て吐き出す。夜風が冷たく、路地の影が長く伸びている。私の呼吸だけが響く。
「学校からは、『次がある』とか、色々と言葉をかけてもらったのでしょう?」
「はい、でもそういう問題じゃありません。私は自分で言うのもなんですが、六年間必死に頑張ってきました。それを納得できない理由で二度も壊されたことで、もう全てが嫌になりました。心のフィルターまでもが壊れました。あの日以降、日常の何気ない光景で学校生活の記憶が蘇り、まともに何も見聞きできなくなったんです。だから、消えたいんです。両親や支えてくれた人には申し訳ないですが、消えたいんです」
「分かりました。とりあえず、私の車に乗ってください」
そのピエロはそう言うと、暗闇の中、車に私を誘導した。車は古びたワゴンで、塗装も少し剥げている。街灯の光が届かない路地を選び、走行中も周囲を確認して安全なルートを取る。ナンバープレートは影に隠れ、車体は目立たない色に塗られていた。まるで夜に溶け込むために生まれたかのようだ。暗闇の中、車はゆっくり走る。
冷たい空気が車内に流れ、外の闇がさらに濃く感じられた。窓越しに見える街灯の光もまばらだ。影はゆらゆら揺れ、路面の湿った反射が不気味に光る。
「どこに向かっているんですか?」
「どこにも向かっていません。ただ、警察や監視カメラに見つからないように走らせているだけです」
「貴方の要件次第で、どこへでもお連れできます。さあ、教えてください。これからの行き先を」
「行き先?」
「あなたが望む終わり方に合わせて」
「その前に、忘れるといけないから」
私はカバンからエンディングノートと金140万円を取り出す。
「お金、これだけあれば足りますか?」
「要件次第です」
「とにかく、静かに姿を消したいです。誰にも見つからず、波紋も立てたくありません」
「分かりました。その場合、足跡はほとんど残らないでしょう。それでもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。それでお願いします」
「随分と陽気ですね」
「ようやく楽になれる。そう思うと、恐怖心より解放感が勝っています」
「では、契約書にサインをして実施します。家に帰っても良いですか?」
「はい、お願いします」
車は依然として夜の路地に溶け込み、どの方向にも追跡されないよう慎重に進む。窓の外には、ほのかに光る街灯の影が、まるで静かに見守る怪異のように揺れていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
重いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はまだ続いていきます。
彼らの心の揺れ動きや選択を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
一歩ずつ前に進む姿を一緒に感じていただければ幸いです。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
次回更新日:2025年8月24日(日) 18時(社会情勢によって変動。)
次回予告:彼女の最後の願いとは




