Azure Blue (再起動)―― 夜の街で、再び音を鳴らす
週末、仕事帰りのビル街は早々に人が引け、飲み屋の灯りだけがぼんやりと街を照らしていた。
修司は自転車のカゴに、年季の入ったギターケースを載せて走っていた。
向かう先は、大学時代にたまに演奏していた橋の下―― 今でも、音を出せる場所のひとつ。
「ストリートなんて10年以上ぶりか… 」
つぶやきながら、橋の下の段差に腰を下ろし、ギターのケースを開く。
空気は冷たく、指はすぐにかじかむ。
でも、不思議と怖くなかった。あたりには人はいない。
コードを押さえ、ピックで弦を弾いた瞬間、空気が変わった。
「このままいられないんだろ...... 」
あの時作った『Azure Blue 』の冒頭。まだ完成していない、でも確かに“自分の声”だった。
あかりが残したノートから『Azure Blue 』の歌詞を完成させようと思った。
サビの歌詞は完成していた。その他の歌詞もノートにデッサンとしてたくさん残していた。
自然と言葉が出てきて、歌詞の歓声が早いあかりにしては珍しく、『Azure Blue 』は歌詞が完成しなかった。それだけ彼女もこの曲には思い入れがあり、大事にしているといっていた。
誰も聴いていない。
だけどそれがいい。
誰のためでもなく、自分のために歌う時間。
3曲目を歌い終わったとき、向こうの暗がりから拍手が聞こえた。
一人の若者が、コンビニの袋をぶら下げてこちらを見ていた。
「… 田口さん?」
「ん?ああ、黒田君か」
編集部の新人だった。
ライブをやっていると話していたあの青年だ。
「まさか… ほんとにやってたんすね。しかも... めっちゃ良かったです」
「はは、ありがとう。でも、趣味の延長だよ。昔の癖が抜けなくてさ」
「いや、僕… こういうの、ほんとに好きです。なんていうか、ちゃんと“時間”が流れている音がするっていうか… 」
その言葉が、胸に響いた。
「… ライブ、やるんだよな?見に行くよ」
そう言って別れた帰り道、修司は心の奥に、小さな火が灯ったのを感じた。
誰かが聴いてくれるという事実。
それだけで、音が確かなものになった気がした。
数日後。
修司は昔の仲間に一通ずつ、連絡を取り始めた。OB 会の返事をするために。
最初はとても気が重かった。
でも、一人、また一人と返信があった。
「久しぶり!こっちも暇しているよ」
「え、修司がOB 会?マジで?」
「集まれるだけでも嬉しいわ」
最後に連絡したのは、ベースの村上だった。
一番音楽にストイックだったやつ。
「もしかして… 『Azure Blue 』、完成したのか?」
その一言に、修司は答えをためらった。
「いや、まだ。でも、完成させるつもりでいる」
「だったら手伝うよ。どうせまた途中で止まると思っていたけど、お前が言うなら、やるしかないだろ」
全員が参加してくれることになった。